4 同情する気にはなれません

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「こちらは皇后陛下主催、女性のみが参加するサロンです。たまには、夫人のみが集まって、旦那への愚痴を吐き出しましょうという会だそうです」 「えっ……?」  夫人は顔を上げて、ぱちぱちと瞬きをする。子爵は口をあんぐり開けた。 「でも……マーカス伯爵家の婚約を破談させてしまいました……社交の場に出るのは控えた方がよろしいかと思います」 「ご安心ください。この会は仮面舞踏会となっています。参加者の身分は控えさせて頂きますが、参加者同士は、名乗らなくてよい会です」 「え? ……そんな会があるのですか……?」 「初めて開催されるものですが、皇后陛下は男性のみか男性同伴の会が多いので、たまには女だけでもよろしいと言っていました」  耐え忍ぶ妻が多いことを皇后陛下は憂いていた。  ――子供を育てるのは、将来の納税者を増やすことです。皆、国家事業に携わっているのよ。息抜きをする会があってもいいでしょ?  というのが、皇后陛下の考えだ。  ちなみに、乳母・家庭教師・教師の息抜き会も考えているらしい。 「急ですが、今夜、開催されるそうです。お時間があればぜひ」  夫人は呆然と招待状を見つめていた。子爵が動揺しながら、妻に問いかける。 「おまえ……まさか、行く気じゃないよな? そんな訳のわからない会……夫が行かない社交など意味がないだろう……」 「皇后陛下主催の会ですが」  すかさず言うと、子爵は口をもごもごと動かした。夫人は子爵をじっと見つめ、ぽつりと言った。 「呼ばれたサロンへはわたくしだけでも行きましたけど。あなたは疲れているからとか言って、逃げていましたよね?」 「うっ……」  今更、夫同伴にこだわる必要はない、と言いたげな顔をしていた。夫人は嘆息すると、わたしに向かって言う。 「お誘いありがとうございます。行きたいですわ」 「お、おいっ!」 「あなたの付き添いはなくてもいいわ」 「ぐっ!」 「あと、ドロシー様への慰謝料はお支払いいたします」 「え?」 「え……?」  夫人はシャロンの炭鉱行きを望まず、一括で慰謝料を払う選択をした。子爵を促し、手続きを進めていく。  意外な答えだったが、夫人は子爵とシャロンに淡々とした口調で言った。 「シャロンが成人するまでは養女のままで。学園は退学して、厳しい女学院にシャロンはお願いしますわ。以前から、シャロンには共学ではなく、女子寮のある学園がいいと思っていたの」 「えっ……退学するの? お金を払ったならいいじゃないの? ねぇ、ねぇ、お父様っ」 「う、うむ……」 「あなた、」 「ぐっ……」 「わたくしは最初、シャロンを女学院へと申しました。院長は厳しい方ですが、受け入れましょうと話をつけてあります。あなたは聞き入れませんでしたが、今度こそ、宜しいですわね」  夫人の語気の強さに子爵はうなだれ、弱々しくうなずく。 「どうして?!」  シャロンは悲痛な声をあげていたが、同情する気にはなれなかった。  シャロンは一晩、勾留された後に釈放された。  シャロンを迎えた夫人は吹っ切れたように晴れやかな顔で、丁寧に挨拶してくれた。こっそりわたしにだけ話しかけてくれた。 「仮面舞踏会、行きました。とても楽しかった。招待状ありがとう」 「それはよかったです」  そう言うと、夫人の表情がほんの少し曇った。 「わたくし……子供を授からなかったの。それでシャロンを引き取ったんだけど……母親って、大変ですのね」  わたしは口を引き結んで、じっと夫人の言葉に耳を傾けた。余計なことを言わない方がいい。 「仮面舞踏会で色々な方のお話を聞いて、視野が広まった気がします。楽しかったのは、皇后陛下の話を聞く気がない男をどうやって統率するか、でしょうか……ふふっ」 「楽しくて何よりです」 「シャロンの養育が終わったら、主人との関係を見直します。今は、仕事を頑張るわ」  前向きな夫人に、ひとこと言う。 「保安隊では離縁のご相談もできますので」  夫人は目をぱちくりとさせ、艶やかに微笑んだ。 「その時も、どうぞお願いします」  一方、子爵の方は鼻毛が五本も出ていて、ヨレヨレだった。  だけど、同情する気にはなれなかった。
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