1.保安隊の突入

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1.保安隊の突入

 帝都にあるタウンハウス。蔦の絡まる赤レンガ造りの豪邸に来たわたしは、門のベルを鳴らした。ジリリと低音が響く。  門の隙間から様子をうかがっていると、タキシード姿の男性が屋敷の扉を開いた。マーカス伯爵家の執事だ。  執事はわたしを含め数名の保安隊の姿を見るやいなや、転がるように門まで走ってくる。息を乱した執事に、わたしは名乗った。 「ドロシー・マーシャル様の代理人として参りました。帝都保安隊、アメリア・ウォーカーです」  執事は慌てて門を開き、わたしの胸元を見た。動揺しているようだ。  わたしの胸の大きさを見て、絶望したわけではないと思う。自分でいうのも変だが、わたしの胸はたゆんたゆんだ。  きっと執事は、深紅の制服に縫い付けられた白い鷲を見ているのだろう。  皇妃の目。レッド・イーグル。保安隊に睨まれたら、帝都では肩身が狭くなるそうだ。 「ご子息に結婚詐欺の疑いがあります。失礼いたします」 「……ぼっちゃんが詐欺?! お、お待ち下さい! だ、旦那様をお呼びいたしますので……!」  門を開いたまま、転がるように走り出した執事を見て、デュラン閣下は手を前に振った。 「はい。突入」  朝食はサンドイッチにしましょうか?というぐらい軽い口調。そして、猛スピードで先陣を切って駆け出した閣下を見て、ギョッとした。わたしもすぐに走り出す。 「閣下、待ってください! 逮捕してくださいね! 出会いがしらに、殴ってはいけませんよ!」  とんちんかんなことを叫んでいると思われるが、これには深い訳がある。  わたしの上司デュラン閣下は、敵に対して容赦がない。慈悲はゴミ箱に捨てるような人である。その上、めっぽう強く、三年前に起きた暴動も、すぐに鎮圧してしまったらしい。  ――閣下は、容疑者を秒殺するかもしれない。  その事態に、ゾッとした。 「閣下! 容疑者をボッコボコにしたら、病院へ連れていかなくてはいけません! 彼らに医療費をかけるのは、税金の無駄遣いですよー!!」  すでに閣下の姿は、影さえ見えない。  わたしは苦笑いをしている他の保安隊と共に、閣下の後を慌てて追った。  玄関ホールを抜け、赤い絨毯が敷かれた大階段を上りきる。すると、男性の怒鳴り声が聞こえてきた。 「なんだ貴様は、先触れもなく無礼だぞ!」  右を向くと、広いダイニングフロアになっていた。閣下の他に4人の姿が見える。  閣下に向かって声を荒らげているのは、容疑者のデイビット・マーカス伯爵令息。  ダークブロンドの長い髪をひとつに束ね、流れるように肩にかけている。流行りのジャケットを着こなす姿は、まさに貴族令息といった印象。顔立ちは整っていて、モテそうだ。  保安隊に対して怒鳴るところを見ると、頭は悪そうだが。 「やめなさい、デイビット……」 「しかし、父上」  デイビットに声をかけたのは、立派なあご髭の男性。マーカス伯爵だ。  閣下の顔をちらちら見ながら「え? 本物?」と、いいたげな顔をしている。  実は、閣下は皇族だ。7人いる兄弟の一番下。末皇子という立場上、存在感は薄い。閣下は式典や舞踏会には必要最低限しか出ないらしいので、犯罪者にならなければ顔を見る機会はない。  マーカス伯爵にしてみれば、神話にしか出てこないドラゴンが「こんにちは」と、来たようなものである。目が泳ぎますね。  そんな逃げ腰の伯爵の背後には、伯爵夫人がいる。今にも倒れそうなほど青ざめていて、使用人が彼女に寄り添っていた。  デイビットと保安隊を交互に見て、小刻みに震えている若い女性もいる。ふわふわの巻き毛に幼く見える顔。小動物を思わせる彼女は、デイビットの新しい恋人、シャロンだ。  シャロンは子爵家の庶子で、五年前に養女となった。彼女とデイビットは学園で出会い、恋心を燃やしたそうだ。デイビットに婚約者がいなければ、微笑ましい話である。  彼らの近くにあるテーブルの上には、食べかけのプディングがあった。恐らく、マーカス伯爵は、息子の恋人を歓迎して、家族の会話を楽しんでいたのだろう。  保安隊の訪問は、彼らにとって全く予期しない出来事だったのだ。 「デイビットが詐欺をしていたなど信じられないのですが……」  マーカス伯爵がデイビットを諌めながら、閣下に話しかける。閣下は石榴のような紅い瞳を細くした。口元には冷笑が浮かんでいる。 「そうなの? 頭が悪いのかな?」  ――閣下、なにもそんなに本当のことを言わなくても。  飄々と言う閣下に、マーカス伯爵は苦虫を噛み潰したような顔になり、デイビットの顔はみるみる怒りに満ちていく。一触即発の雰囲気だ。これは、まずい。話が進みそうにない。 「納得できるよう、ご説明いたしますわ」  わたしは閣下と伯爵の間に割り込んだ。  伊達メガネを指で押し上げ、伯爵に向かって笑みを浮かべた。  ***  使用人たちがそそくさとテーブルの上を片付ける中、伯爵とデイビットはソファにどかりと座り込む。 「それで? 私が一体、なんの罪を犯したと言うのかね?」  不遜な態度のデイビットに、あくまでもにこやかに話し出した。 「デイビット卿は、ドロシー嬢に対して、婚約解消を申し立てましたね。解消の理由は、ドロシー嬢の性格に懸念があるから、とのことですが……」 「そうだ! だが、なんの問題がある? ドロシー、いや、あの女は学園で、シャロンを苛め抜き、彼女を階段から突き落としたんだ! そんな女と結婚などできるか!」  彼の主張は、婚約者が性悪だと気づいて、婚約解消した、というものだ。深く傷ついたらしく、婚約者の家に法外な額の慰謝料まで請求している。 「ドロシー嬢がミス・シャロンへ数々の嫌がらせをしていたと告発文を提出されていましたが、保安隊の調査の結果、証拠としては不十分と判断されました」 「……は? 不十分?」 「告発文の内容は、ミス・シャロンの証言によるものですよね?」 「シャロンが嘘を言っていたというのか!」 「その通りです」  デイビットは美貌を歪めて、立ち上がった。彼にとっては受け入れがたい事実だったらしい。まあ、ある意味、想定通りの反応だ。  わたしは調査内容が書かれた資料を鞄から取り出し、デイビットに見せた。
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