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なかなか手を出そうとしない私に、彼は悪戯っぽい目を向けた。
「昨日二次会で、ワイン、幸せそうな顔して飲んでたよね。好きなのかと思ったんだけど」
「えっ……」
幸せそうって……。そんな所を見られていたなんて、気づかなかった。
「どっちが好みか分からなくて、赤と白の両方あるけど、大丈夫な方だけでもいいからもらってよ。と、いうか、押しつけみたいで迷惑かな」
「いえっ、そんなことは全然……」
確かに私はワインが好きだ。本当は嬉しいと思ったが、あまり嬉々として受けとるのも恥ずかしいと思ったのだ。しかし、あまり頑なな態度でいらないと言い続けるのも失礼だろう。私はありがたく頂戴することにした。
「――ありがとうございます」
補佐はほっとしたように笑った。
「受け取ってもらえて良かった。それに、礼を言うのはこっちの方だから。夕べは本当にありがとう。もう一度、きちんと礼をしておきたかったんだ。会えて良かったよ。――それじゃ、また会社でね」
「わざわざありがとうございました」
そう言って見送ろうとしたが、心の中に補佐ともう少し話をしてみたいという衝動が湧き起こった。
「補佐!」
私は立ち去ろうとしていた補佐に声をかけた。
補佐は足を止めて振り返る。
私はその傍まで歩み寄り、どきどきしながら言った。
「もしよろしければ、一緒にお昼をいかがですか?せっかくの機会ですので、えぇと、補佐のお話を色々と聞いてみたいな、と」
「えぇと……」
補佐は困惑した顔を私に向けた。
「俺の話なんて、つまらないと思うんだけどな」
あなたのことを少しでも知りたいんです――。
その本心を隠して、私は言葉を選ぶ。
「補佐は会社のエースで、すごい方だと聞きました。そんな方と今後お話できる機会などないと思いますので、記念に、と」
「記念……?っつ……あはは」
思わずと言った風に、補佐が笑い声を上げる。
「記念、って面白いこと言うなぁ。そんなこと言われたの、初めてかも」
補佐は笑いを収めると、目元を緩ませたまま頷いた。
「分かった。それなら、ぜひランチでもご馳走させて?二つ目の夕べの礼としてね」
それから数十分後。私たちは、アパートから最も近い場所にあるファミリーレストランにいた。その前に向かった喫茶店は、満員のため入れなかったのだ。
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