2.先輩の退職

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2.先輩の退職

【決定事項】 出社してすぐに確認したホワイトボード。彼のスケジュールは、相変わらずびっしりと埋まっていた。 週明けの朝礼だというのに彼の姿がなかったのは、そのためだろう。そのことにがっかりはしたが、どこかほっとしてもいた。補佐への気持ちの芽生えを知ったばかりの今、もしも彼の顔を見てしまったら挙動不審な態度を取ってしまいそうだったからだ。 この気持ちはまだ、誰にも知られないように隠しておきたい――。 そう思いながらも、私の目は毎日彼の姿を探していた。部内のどこかの電話口で「山中」の言葉が聞こえると、そちらが気になって仕方がなかった。さりげなさを装って、不在の彼の席の近くをわざわざ通ってみたりもした。 まるでストーカーみたいだ――。 自分の行動に呆れてしまうくらい、私は彼の気配を恋しく思っていた。 そんなある日、私は気分転換も兼ねて、久しぶりに外で昼食を取ることにした。遼子さんも誘ってみたがお弁当を持参しているというので、今日はお一人様ランチだ。 何を食べようかと、行き先を考えながら歩いていたら、ビルを出た所で宍戸に出くわした。 「岡野!久しぶりだな。もしかして、これから昼飯?」 「えぇ。宍戸もお昼?この時間に会うなんて、珍しいよね」 「今日はたまたまさ」 私たちは他愛のない話をしながら、どちらからともなく歩き出した。 途中で、どうやら彼も私と同じ方向へ行こうとしていると気づく。 「一緒にランチでもする?」 私は彼に声をかけた。 「おう、どこに行く?」 「ほら、あそこ。あの喫茶店に行こうと思ってたんだけど、どう?」 私は目で目的の店を示してみせた。 「あぁ、問題ないな。あそこなら、先輩たちに会うことはなさそうだ」 「会ったら何かまずいことでもあるの?」 宍戸の言葉を不思議に思った私は訊ねた。 彼は軽い口調で答える。 「まずいってわけじゃなくてさ。同期と水入らずの所を、できれば邪魔されたくないな、って思ったからね」 その理由を聞いて私は苦笑する。 「水入らずっていうその表現は何?」 「俺たちは、同期の中でも仲がいい方だからな。そういう感じの意味。とにかく」 自分で言い出したくせに、彼はさっさとこの話を終わらせる。 「急ごうぜ。時間がなくなる」 「そうだね」
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