2.先輩の退職

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店内は混んでいたが、ちょうど出る客がいて、私たちはタイミングよく席に座ることができた。 昼休みは一時間。悩む時間がもったいないと、私たちはそれぞれランチコースを注文する。てきぱきと箸を動かしつつ、時折互いの近況などを話題にしながら食事を進めた。 「ご馳走さまでした。美味しかった」 久しぶりに食べたこの店のランチに満足して、私は食後のコーヒーでひと息つく。コーヒーカップをテーブルに戻した時にふと視線を感じて、顔を上げた。 何か言いたげな顔で、宍戸が私を見ていた。 「何?」 「うん…」 歯切れ悪く、彼は言葉を濁した。 何を言い淀んでいるのか気になったが、彼はなかなか口を開かない。 腕時計を見ると、そろそろ会社に戻った方が良さそうな時間だった。 私は手元にバッグを引き寄せた。 「出ようか。お昼休み、終わっちゃう」 すると、彼はようやく話す気になったらしい。 「あのさ」 「うん?」 「仕事が大変な時は、ちゃんと誰かに言えよ」 私は話が飲み込めず、目を瞬いた。 「急に何?仕事は遼子さんと一緒だし、別に宍戸が心配するようなことはないわよ」 「だって、遼子さんって退職するんだろ。他のみんなにはこれから言うってのが聞こえたけど、岡野は知ってるんだろ。俺は昨日の帰りに、遼子さんが部長と話しているのを偶然聞いてしまってさ。真っ先に、岡野は大丈夫なのか、って」 「ちょっと待って」 私は彼の言葉を遮った。 「遼子さんが退職ってどういうこと?」 宍戸は、しまったという顔をした。 「俺、てっきり……」 「聞いていないよ」 私は呆然とし、ふらふらと立ち上がろうとした。 「落ち着けよ」 宍戸は静かな声で言い、私の手首をそっとつかんだ。 その感触で私は我に返り、椅子にすとんと腰を下ろした。 彼女がいるから、私は毎日安心して仕事に取り組めていた。一人で対応できることが増えたとは言っても、遼子さんがいなくなったら私はどうしたらいいのだろう。いつかはそういう日がやって来るだろうと思ってはいたけれど、まさかこんなに早いとは。心細さと不安で胸が苦しくなった。 「戻る」 短く言って、私は帰り支度を始めた。とにかく、事の真偽を直接本人に確かめたい。 「ランチ代置いていくね。足りなかったら、後で請求して」 私は彼の前に適当にお金を置くと慌ただしく立ち上がり、急いで店を出た。
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