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「興味あるの?あの人に」
宍戸は私たちのやり取りに聞き耳を立てていたらしい。にやにやしながら身を乗り出してきた。
「山中補佐って、社長からも一目置かれているらしいよ。接待なんかにもよく引っ張り出されるらしいんだけど、見た目があんなだからすごくモテるんだって。仕事ができてかっこよくて、羨ましいよ」
私は淡々と相槌を打った。
「ふぅん……すごい人なんだね」
宍戸が意味ありげな目をした。
「やっぱり岡野も、あぁいう人がタイプなわけ?」
「!?」
飲みかけていたビールを危うく吹き出しそうになった。私は慌てて口元をハンカチで覆うと、呆れた顔で宍戸を見た。
「何を言い出すの?」
「だって、さっきからずっと、補佐を目で追ってるじゃん。興味があるのかな、と思って」
「やめてよ」
私は即座に否定した。
「顔と名前を覚えようとしていただけです」
「ふぅん……」
宍戸は唇を尖らせた。
「なによ」
「もしかして自覚ないの?てっきりそうなのかな、と思ったんだけどな。でも、山中補佐なら仕方ないよな。そういう免疫が全然なさそうな岡野なら、あの人に堕ちるのもあっという間だろうな」
「ちょっと、まさかの絡み酒?……宍戸、もう酔っぱらってるの?」
私は苦笑しながら、空になっていた彼のグラスにウーロン茶を注いだ。
宍戸はそのグラスに手を伸ばし、ぐいっと中身を飲み干した。
その時、笑いを含んだ声が頭の上から降ってきた。
「今年の新人同士は仲がいいんだね」
***
私と宍戸は、慌てて姿勢を正した。
「お疲れ様です」
「お邪魔してもいいかな?」
「もちろんです!」
私たちは目を合わせた。
まさか、今の聞かれた……?
どうだろ……?
聞かれていなかったとしても、この人のことを話題にしていたと思うと少し気まずい。
私は目を伏せたまま、テーブルの上を急いで片付けた。
「ありがとう」
補佐からそう声をかけられて、私は顔を上げた。間近に彼を見て、遠目に見た時とのギャップに驚いた。
営業成績は常にトップ、社長からも一目置かれている――。
宍戸からそう聞いた時は、そのことを鼻にかけた冷たい人なのかと思っていた。それなのに、その笑顔は反則だ。彼の顔には、相手の警戒心を解いてしまうような柔らかい笑みがたたえられていた。
けれど、と私は思い直す。実はこれこそが、営業用の顔というものなのかもしれない、と。
「山中補佐、お疲れ様でした。ビールでいいかしら?」
遼子さんが補佐に声をかけた。手には新しいグラスとビールの瓶を持っている。注文してくれていたようだ。
「ありがとうございます」
遼子さんは補佐にグラスを手渡して、ビールを注ぐ。
満たされたグラスを手に、彼は軽く頭を下げた。
二人の様子をぼんやりと眺めていた私はふと思う。
絵になる二人だ――。
「ところで、彼女は白川さん直属の新人さんですか?」
補佐の問いかけに、遼子さんは笑って頷いた。
「えぇ。岡野さんといって、とっても頼りになるのよ」
遼子さんの誉め言葉が照れ臭い。
「岡野と申します。今は遼子さんにご迷惑ばかりかけている状態ですが頑張りますので、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしく。頑張ってね」
「ありがとうございます」
私はぱっと頭を下げた。整ったその顔に浮かべた笑顔がきれいすぎて、直視できなかったのだ。
遼子さんの声が聞こえる。
「補佐、ビール、もう少しいかがです?」
補佐は手に持ったグラスで、注がれる液体を受けた。
その時何気なく見た補佐の顔が、ほんの少し強張ったように思われて、なぜか気になった。
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