2.先輩の退職

11/13
前へ
/112ページ
次へ
「もうずっと前のことよ。山中君から告白されたことがあった。一緒に組んで仕事をするようになって、しばらくたってからだったと思う。でも、私には恋人がいたから断ったわ。それにね……」 遼子さんはいったん言葉を切り、言いにくいような顔で続けた。 「私にとって山中君は『いい人』だったの。恋愛感情は持てなかったのよね」 私はじっと耳を傾けていた。 「その後は、お互いに少しぎくしゃくしたりもしたけど、時間がたつにつれてそれも薄れていった。ちょうどその頃仕事で関わることも減っていた時期だったのが、互いに良かったのかもしれない。そして今に至るというわけだけど……」 遼子さんは私の顔を覗き込んだ。自分の話を理解してくれたかどうか、窺うような目つきだ。 その目を見返して、私はここに来る前に抱いた決意のようなものを思い出した。けれど今になって、聞きたいと思っていたことや言いたいと思っていたことが、上手に言葉にできない。仕方なく、頭に浮かんだそのままを口にした。 「あの時は、本当に偶然でした。立ち聞きするつもりは全然なくて。でもあの時、補佐の言葉を聞いたら、気持ちがぐちゃぐちゃになってしまったんです。だからその後、何事もなかったような顔で遼子さんと話せる気分じゃなくて、つい避けるような感じに……。今の話を聞いて理解はしたけど、気持ちの方では納得できていないっていうか……」 遼子さんは私に訊ねた。 「何がそんなに引っかかっているのかしらね?」 私は自分の手元に目を落とした。 「補佐、言ってましたよね。『遼子さんのその相手が自分じゃなかったのが、とても残念だ』って」 遼子さんはうぅんと短く唸った。 「あれは、別に深い意味はないと思うけど」 「でも……」 そんな風には思えなかった――。 「その前後の会話も、細かいニュアンスも、壁を隔てて聞いたのなら、本当はどうだったかなんて分からないんじゃない?」 「それはそうかもしれませんけど……」 素直に頷けないでいる私に、彼女は言う。 「あのね、本当にね、今の山中君は私の事なんか眼中にないの。私はその理由を知っているの。だから違うって断言できるのよ」
/112ページ

最初のコメントを投稿しよう!

467人が本棚に入れています
本棚に追加