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「もうずっと前のことよ。山中君から告白されたことがあった。一緒に組んで仕事をするようになって、しばらくたってからだったと思う。でも、私には恋人がいたから断ったわ。それにね……」
遼子さんはいったん言葉を切り、言いにくいような顔で続けた。
「私にとって山中君は『いい人』だったの。恋愛感情は持てなかったのよね」
私はじっと耳を傾けていた。
「その後は、お互いに少しぎくしゃくしたりもしたけど、時間がたつにつれてそれも薄れていった。ちょうどその頃仕事で関わることも減っていた時期だったのが、互いに良かったのかもしれない。そして今に至るというわけだけど……」
遼子さんは私の顔を覗き込んだ。自分の話を理解してくれたかどうか、窺うような目つきだ。
その目を見返して、私はここに来る前に抱いた決意のようなものを思い出した。けれど今になって、聞きたいと思っていたことや言いたいと思っていたことが、上手に言葉にできない。仕方なく、頭に浮かんだそのままを口にした。
「あの時は、本当に偶然でした。立ち聞きするつもりは全然なくて。でもあの時、補佐の言葉を聞いたら、気持ちがぐちゃぐちゃになってしまったんです。だからその後、何事もなかったような顔で遼子さんと話せる気分じゃなくて、つい避けるような感じに……。今の話を聞いて理解はしたけど、気持ちの方では納得できていないっていうか……」
遼子さんは私に訊ねた。
「何がそんなに引っかかっているのかしらね?」
私は自分の手元に目を落とした。
「補佐、言ってましたよね。『遼子さんのその相手が自分じゃなかったのが、とても残念だ』って」
遼子さんはうぅんと短く唸った。
「あれは、別に深い意味はないと思うけど」
「でも……」
そんな風には思えなかった――。
「その前後の会話も、細かいニュアンスも、壁を隔てて聞いたのなら、本当はどうだったかなんて分からないんじゃない?」
「それはそうかもしれませんけど……」
素直に頷けないでいる私に、彼女は言う。
「あのね、本当にね、今の山中君は私の事なんか眼中にないの。私はその理由を知っているの。だから違うって断言できるのよ」
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