1.初対面の日

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歓迎会は一次会だけでは終わらず、メンバーのほとんどが二次会へ流れることになった。 そんな中、遼子さんは皆んなに引き留められながらも、見事なくらい軽やかな笑顔でそれをかわして帰って行ってしまった。 私はというと、席が近かったがために宍戸から半ば強引に、二次会へと引っ張られていった。お酒は嫌いではないものの、今日は家に帰って早く足を延ばしたい気分だった。けれど、これも社会人としてのお勤めの一環かと諦める。楽しそうな他の同期たちを横目に見ながら、私は大人しく飲んでいた。 「そろそろお開きにするか」 誰かの声をきっかけにして、皆んなそれぞれに帰り支度を始めたが、さらに三次会へ行こうと言い出す強者たちが現れた。 さすがにもうこれ以上は、と断る女子たちの方が圧倒的に少なかったのには驚いた。 せっかくの機会だから一緒に行こうと誘われはしたが、私は帰りたかった。 「もう今夜はかなり酔ってるので、ここで……」 「全然酔った顔していないよ。本当はまだ飲めるんじゃないの?」 酔っぱらった先輩たちからそんな風にからかわれたが、私は笑いながら否定した。 「そんなことないです、ただ顔に出ないだけなんです」 それは本当だ。もうだいぶ酔っているという自覚があった。人前で醜態をさらすわけにはいかないから、平気なふりをしているだけだ。 「どうぞ皆さんで楽しんで下さい」 私は頭を下げた。 「それじゃあ、またの機会にね」 そう言って先輩や同期たちは、信号が青に変わったばかりの横断歩道に向かって歩いて行った。 宍戸が心配そうに私の顔を覗き込む。 「送っていこうか?」 私は首を横に振った。 「大丈夫よ。タクシーで帰るしね。それよりもほら、皆んな待ってるよ?」 「おーい、宍戸!」 大声で名前を呼ばれて、宍戸は肩をすくめた。 「俺も帰りたいんだけどな……」 「気持ちは分かる。でも営業なら、特に先輩たちの誘いは断らない方が後々いいんじゃないの?」 宍戸はうんざりしたように顔をしかめる。 「まったく、今どき体育系の乗りはやめてほしいよ。……じゃ、気をつけて帰れよ。なんかあったらすぐ電話しろよ」 「はいはい。お疲れ様」 再び宍戸を呼ぶ声が聞こえた。 彼は気がかりそうな顔で私を見たが、観念したように先輩たちの方へと走って行った。 「宍戸っていい人」 私はふふっと笑いながら、同期の後ろ姿を見送った。 *** 「さて、帰ろう」 一人つぶやき、タクシー乗り場がある大通りに向かって歩き出した時だった。後ろから私の名を呼ぶ声が追いかけてきた。 「岡野さん、待って!」 私はびくっと立ち止まり、ゆっくりと振り向いた。 「山中補佐?」 私は目を見開いた。 「ごめん、びっくりさせたよね。えぇと、岡野さん、で間違っていないよね」 「は、はい。ええと、お疲れ様です」 私はどぎまぎしながら言葉を返した。目の前にいるのは、社長の覚えもめでたいと言われている人物だ。緊張して、酔いも一気に醒めるような思いだ。 「お疲れ様。ところで、タクシー拾おうとしてる?」 「は、はい」 「じゃあ、そこまで一緒に行かないか。俺もタクシー拾うつもりだから」 「三次会には行かれないんですか?」 補佐は苦笑を浮かべた。 「今夜はもう勘弁だよ。いつも以上に飲まされた。うちの連中は、飲み会っていうと容赦ないからね。――さ、行こうか」 「はい……」 補佐の少し後ろを歩きながら、私はそっと彼の様子を伺った。 いつも以上に飲まされたと言っていたわりに、その横顔は凛として、足取りにも乱れた様子はない。 補佐に付き従うように黙々と歩いていると、補佐がわずかに振り向いて私に訊いてきた。 「そういえば、岡野さんと宍戸は同期入社なんだね」 「はい」 「二人共、仲がいいんだね」 「仲がいいと言いますか、あれは…」 おそらく、一次会の時の様子を見て言っているのだろう――。 私はふうっとため息をついた。 「私が一方的にからかわれていただけですが……」 彼はくくっと喉の奥で笑った。 「あぁいうのを、仲がいいっていうんじゃないの?じゃれ合ってるようにしか見えなかったよ」 「えっ!」 私は思わず大声を上げてしまう。 「どうしたらそう見えるんですか?補佐、かなり酔っていらっしゃいますよね?」 「あはは。分かる?」 補佐は機嫌良さそうに笑う。 それを見て、私は意外だと思った。最初に見た時に感じた、冷たくて厳しい取っつきにくさのようなものがない。 こっちの方が好きだな――。 そんな感想が頭の中に唐突に浮かんで、私は狼狽えた。 単に「人として」という意味であって、特別な意味は何もない――私は自分に言い聞かせた。
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