5.同期

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「失礼しました」 私は補佐に軽く頭を下げた。 「もういいの?早かったみたいだけど」 「はい。特に急用ではなかったようで」 そう言いながら、私は補佐から離れてベンチの端に腰を下ろす。 「なんの用だったのかも分からないような電話でした」 「そうなんだ。友達?」 「いいえ、それが……宍戸からでした。なんだかいつもと様子が違っていて、いったい何だったのか……」 「宍戸?」 補佐の眉が微かに上がったような気がした。けれどそれは私の見間違いだったのか。穏やかな表情のまま、彼は思い出したように言った。 「岡野さんと宍戸は同期だったね。その中でも、君たちは特に仲が良さそうだ」 「それはどうでしょう」 私は眉根を寄せた。 「私たちが特別というわけではなく、同期たちは皆んな仲がいいと思いますけど」 「そうかな」 補佐の口元に意味ありげな笑みが浮かんだ。 「その中でも、宍戸は岡野さんに、特別気を許しているように思えるんだけどな」 宍戸となんだかんだと言い合っている場面を、補佐は何度か見ている。だからそんなことを言うのだろう。そう思った私は即座に否定した。 「それは違うと思います。宍戸は私をからかっているだけです。何かと絡んでくるんですもの」 「本当は苦手?」 「そんなことはありませんが……。たまにちょっと鬱陶しいな、と思うことはあるかも。でも私も言い返したりして、ちょうどいいストレス発散にはなるというか……」 「なるほど」 何かを納得したように頷くと、補佐はこんなことを言う。 「岡野さんは、もう少し自分のことを知った方がいいと思うよ」 「どういう意味ですか?」 その言葉の意味が分からず私は訊ね返したが、補佐は曖昧に笑っただけだった。それからすっと立ち上がると手を差し出した。 「帰ろうか」 「あ、あの……」 私は補佐の手を取ることを躊躇した。 そのことに気づかなかったはずはないのに、彼は自ら手を伸ばすとそっと私の手を取った。 「送るよ」 心拍数が一気に跳ね上がった。けれど抵抗する暇もなく、私は彼の手に誘われてベンチから立ち上がった。ふらふらと立ち上がってしまったせいだろう。その時、足元のバランスを崩して、勢い余った私は補佐の胸元に衝突しそうになった。 「おっと!」 「すみません!」 あぁ、今夜二度目の失態だ――。 自分のそそっかしさを恥ずかしく思いながら、私は補佐から慌てて体を離す。その時、耳が小さな彼の声を拾った。 「なんだかもやもやするな」 その言葉が気になり、私は補佐の顔を見上げた。彼はただ微笑んでいるだけだった。 「タクシー拾おう」 彼のつぶやきの意味をそれ以上問う勇気はなく、私は黙って頷いた。
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