5.同期

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入社してから数ヶ月。先輩や同期と一緒にランチをしたり、仕事帰りに食事をしたりという付き合いは何度かあったけれど、わざわざ休日に約束を取り付けてまでの交流はなかった。 困惑している私を見て、宍戸は肩をすくめた。 「気が乗らないなら、断ってくれていいぜ」 「えぇと、気が乗らないとかじゃなくて、まさか宍戸から映画に誘われるとは思っていなかったから、ちょっとびっくりしてしまって……」 答えながら、私の頭に橋本さんの顔がぱっと浮かぶ。 「それに、誤解する人がいるかもしれないし……」 「誤解?」 「えぇ……」 「別にやましいことがあるわけじゃなし、誤解したいやつにはさせときゃいいだろ」 「そういうわけにはいかないでしょ」 「考えすぎだって」 「でももしも宍戸のことを好きな子がいたとして、誤解させたらかわいそうじゃない?」 「そんな、いるかいないか分からないような誰かのために、わざわざ気を遣わないといけないわけ?誰を誘うかは俺の自由だろ」 「……」 あぁ言えばこう言う宍戸には、口では敵わない。でも今の私には、誤解されたくないと思う人がいる。 私はため息をついた。 「ごめんなさい。行けない」 宍戸は肩をすくめた。まるで私が断るのは想定内だったとでも言うように。 「だよな。たぶん岡野はそう言うと思ってた。マジメだもんな。あの人に誤解されたくないとか思ってるんだよな」 私はドキリとした。 「な、なによ」 私が誰を想っているのか、宍戸も気がついてるということ? 私が動揺していると、宍戸がふと顔を上げてつぶやいた。 「あ、山中補佐」 その一言に私はさらにドキッとする。 振り返って宍戸の視線を辿ると、補佐がこちらに歩いてくるのが見えた。 今日は会えないだろうと思っていた私は、その途端に自然と笑顔になる。 宍戸はそんな私の様子を憮然とした顔で見下ろして、ぼそっとひと言。 「なんかムカつくな」 その声がしっかりと聞こえて、私は彼を睨んだ。 「何が?」 「なんでもない」 微妙に雲行きが怪しくなった私たちの前に、補佐がゆったりとした足取りで近づいてきた。 「おはよう。二人共早いね」 私が口を開くよりも先に、宍戸はきりっとした口調で挨拶を返す。 「おはようございます」 「おはよう。今日は誰かと一緒?」 「はい、東海林さんと片谷商事様へ」 「うまく契約が取れるといいな」 「はい、頑張ります。それじゃあ、俺はこれで失礼します」 「あぁ」 宍戸は補佐に一礼して立ち去ろうとしたが、つと足を止めて私を振り返った。 「岡野、連絡する」 「え?」 話は映画のことで終わりじゃなかったの? 怪訝に思いながら宍戸を見たが、彼はちらりと私を一瞥したきり大股歩きで去って行った。 宍戸が何を考えているのかさっぱり分からない――。
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