6.突然の来訪

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私は続けた。 「きっと宍戸には、私なんかよりもずっとふさわしい人がいるはずよ。だから私のことは……」 私の言葉はそこで途切れた。いや、最後まで言うことができなかった。 「し、宍戸っ……!」 それはあっという間の出来事で、抵抗できなかった。視界が一瞬黒く遮断されたと思った時にはもう、私の体は彼の両腕の中に引きずり込まれていた。 「離して!」 私は腕を突っ張ってその腕の中から逃れようと試みた。 宍戸はその腕に力を込めて、私を逃がすまいとするかのようにさらに強く抱き締めた。 「好きな相手から『他にいい人がいるよ』なんて言われるのは、分かってはいてもやっぱりダメージあるな。で、その先は?忘れてって言おうとした?それとも諦めて?」 恨みがましくそう言うと、宍戸は私の髪に顔を寄せた。 「いい匂いだな」 私はどきっとした。熱を帯びたその言い方に、宍戸の「男」の部分を感じてしまった。こんな時にそんなことを思うなんてどうかしている。 「やめて」 私はもがいて宍戸の腕の中から抜け出そうとしたが、その腕はびくともしない。 宍戸は私の耳元に囁いた。 「簡単に諦められるんなら、苦労しない。岡野にもそういう気持ちは理解できるだろ?」  そう言い終えると、宍戸は私の耳にそっと歯を立てた。 「やめてよ……」 耳の辺りがカッと熱くなった。頭の芯が麻痺しそうになって、抵抗の言葉に力が入らない。 私の耳を噛んだまま宍戸は囁く。 「風呂上がりって分かる、そんな隙だらけの格好で俺の前にいるのが悪い」 「そんなことは……」 ない――。 宍戸の言葉を否定しようとして、私ははっとした。うっかりしていたけれど、今夜はずっと部屋にいるだけだからと、素肌の上に服を重ねていただけだった。しかも髪にはまだ湿り気とシャンプーの匂いが残っている。自分ではいつも通りのことだったけれど、他人から見たら確かに隙だらけとしか言いようがない。こんな状況では宍戸だけを責められない。 「そんな姿で現れて、誘ってるって思われても仕方ないだろ」 宍戸はそう囁き続けるが、もちろん私にはそんなつもりは一欠けらもない。
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