1.初対面の日

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【緊急事態】 「あの、大丈夫ですか?」 小声で呼びかける私の声に、補佐はこめかみの辺りを抑えながらのろのろと体を起こした。 「すまない。揺れたらちょっと気分がね……」 大丈夫だろうかと心配になった。 「もう少しでうちに着きますから、休んで行かれませんか?」 そう申し出てから、私ははっとする。補佐とは今日会ったばかりなのに、部屋に入れるのはまずい気がした。けれど明らかに気分が悪そうな人を、このまま一人で帰すのは心配だった。 補佐は私の葛藤をすぐに察したようだった。 「ここからマンションまではそんなに遠くないから、このまま帰るよ。心配してくれてありがとう」 弱々しい彼の声に、私は眉根を寄せた。 「全然大丈夫には見えません……」 これは緊急事態だ。補佐は会社の人で立場もある人だし、そもそも一介の新人事務員とどうこうなるわけがないのだ。疑うような失礼なことを考えてしまうとは、自意識過剰もいいところだ――。 そう思い直して私は自分自身に苦笑した。 「ひとまずうちへいらして下さい。その後少し落ち着いたら、タクシーを呼びましょう。ほら、もう着きましたから」 抵抗する元気もないのか、補佐は大人しく頷いた。 「迷惑かけてすまない」 「気になさらないで下さい」 先にタクシーを降りた私は、その長身を支えるように補佐の腕を取ると、自分の部屋へと向かった。 「上着をお預かりしますね」 補佐をソファに促してからそう声をかけた。 ふぅっと息を吐き出しながら、補佐はジャケットを脱ぐ。 それを受け取りハンガーにかけてからキッチンへ行き、私は冷蔵庫に常備しているペットボトルの水を取り出した。グラスに注いで補佐に手渡す。 「お水です。どうぞ」 「色々と申し訳ない。ありがとう」 タクシーを降りてから何度目かの「申し訳ない」を口にして、補佐はグラスに口をつけた。グラスを傾けて顔を仰向けた時、その喉元が見えた。 その様子を見守っていた私はどきりとした。 水を飲む度に喉ぼとけが上下する。その動きについ目が吸い寄せられた。しかしすぐに慌てて目を逸らす。私は気を取り直して補佐に訊ねた。 「何か軽く召し上がりますか?」 「ありがとう。でも、もう大丈夫。少し休ませてもらったおかげで、だいぶ楽になった。もう少ししたら、タクシーを呼んで帰るよ。……それにしても」 補佐はため息をついた。
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