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1.初対面の日
ただ気になっているだけで、彼を想っているわけではない―。
何度も何度も繰り返す言い訳。
それは言葉遊びでしかなく、そんなことには何の意味もなかった。
「またね」
あの一言を聞いた時点で私はすでに、自分の気持ちの正体に気づいていたのだと思う。
*****
就職をきっかけに、私はこの春から念願の1人暮らしを始めた。
会社は自宅からでもぎりぎり車で通勤できる距離にあったが、「一人暮らし」を経験してみたいと思い、両親を説得したのだ。
配属先は営業課で、私の仕事は事務。
私のような新入社員は研修を受けてはいたが、2、3ヶ月の間だけ、一人ひとりに先輩がついてくれることになっていた。私の指導役は、白川さんと言った。
さていよいよ対面となった時、私はかなり身構えていた。なぜなら、先輩にいじめられたという内容のエピソードを聞くことが多かったからだ。私についてくれるという先輩も、そういうタイプなのだろうと思っていた。
ところが、彼女は穏やかな笑顔で手を差し出したのだ。
「初めまして、白川遼子です。よろしくね」
私はおずおずと彼女の手を握り返した。
「……はじめまして、岡野みなみです。どうぞよろしくお願いいたします」
「岡野さん、ね。下の名前、みなみさんっていうのね。素敵ね」
そう言ってふふふと笑う彼女こそ、とても素敵で可愛らしい人だった。
私の不安は、あっという間になくなった。気づいた時には、彼女のことを「遼子さん」と下の名前で呼ぶようになっていた。そんなにも早く私が彼女に打ち解けたのは、私が一人っ子で姉という存在に憧れを抱いていたからでもあったと思う。
私は優しい先輩のもとで、奮闘する毎日を送っていた。物覚えはいい方だったと思う。入社してから間もなくひと月になる頃には、自力でこなせる業務の範囲はかなり広がっていた。
***
そんなある日。延び延びになっていた私たち新人の歓迎会が開かれることになった。
いい機会だと思ったのは、私だけではなかったと思う。なぜなら営業職は外出が多く、名前どころかまだ顔を見たことがない人もいたからだ。
当日は、店の一間を借り切っての飲み会となった。
総勢およそ三十名。ざっと見渡してみたところ、部内メンバーのほとんどが参加しているようだった。
歓迎会は、ほぼ予定通りに始まった。
料理もお酒も程よく行き渡り、場が賑わい出した頃、細身で長身の男性が姿を現した。
見覚えがなかった。長めの前髪とやや薄暗い照明のせいで、メガネをかけた目元がはっきりと見えない。けれどその人がまとう空気感からは、なんとなく、イケメンの部類に入るタイプの人だろうと想像できた。
絶対に世界が違う人だ――。
そんなことを思っていると、私の対面に座っていた同期の宍戸が勢いよく立ち上がった。
「補佐、お疲れ様でした!」
その人は宍戸の声に振り向くと、軽く片手を上げた。
それがきっかけとなったのか、他の社員たちもその男性に声をかけ始めた。
彼は一人一人に応えながら、部長が座る席へと近づいて行く。
お酒が入って上機嫌な様子の部長が、彼の肩を軽くたたいているのが見えた。
私は、隣に座る遼子さんに訊ねた。
「今来られたあの方、どなたですか?」
「え?」
ほろ酔い加減でくつろいでいた遼子さんは私の視線をたどると、目元を緩めた。
「山中補佐ね。大きな案件を抱えていたから、この何か月かはほとんど毎日席にいなかったの。初めて見たっていう新入社員は、たぶん岡野さんだけじゃないでしょうね」
「お忙しい方なんですね……」
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