真堂家の双子

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「悪ぃ、翠。遅くなった」  仕事を終えて帰宅した翼は、着替えもせずに兄の部屋に直行した。  扉を開いた瞬間、蜜のような甘い香りが鼻腔を襲う。室内に充満する蠱惑的な匂いの元に視線を向けると、ベッドの上に翠が横たわっていた。翼の衣類に埋もれながら、潤んだ瞳でこちらを見上げている。それだけで、一気に体温が上昇した。 「おかえり。……あー、駄目だ。翼が入ってきただけでこれかぁ」  ぎゅう、と体を縮こまらせ、翠は困ったように眉を下げる。 「あのさ、今回のヒート、いつもよりきっついかも」 「安心しろ、きっちり付き合ってやる」 「……それ、俺が明日立てなくなるって意味だよな?」 「珍しく巣作りまでしてる翠を前にしてんだぞ? 我慢なんてできるわけねぇだろ」 「っ、これは、翼が待たせるから……!」  不本意だ、と頬を赤らめて拗ねる翠に近づきながら、翼はやたらと乾く喉を自覚する。不在の寂しさを埋めるため、そして安心を求めるために翼の衣類(匂い)をかき集めた……そんないじらしい番相手に早く触れたくて仕方がない。  そう、翼と翠は番だ。  翠の第二の性はβではなくΩであり、血の繋がった双子同士が番っている。これが、真堂家が隠している最大の秘密だった。 (しっかし、相変わらず強烈だな)  αである翼の劣情を暴力的なまでに煽るフェロモンを、Ωの発情期(ヒート)に入った翠が発している。気を抜けばすぐにでものし掛かりそうになる衝動をぐっと堪え、翼はそっとベッドに腰掛けた。  翠が、何かに耐えるように大きく息を吐き出す。おそらく、翼から出ているフェロモンが原因だろう。  ヒートに当てられたαが、欲したΩを絡め取るために発する匂いがある。そちらも、いま自分が感じている香りに匹敵するほど、強い興奮作用があると聞いていた。  逃がさないよう、互いに互いを雁字搦めにしようとしているのだ。 (もう番ってんのにな)  うなじを噛み噛まれたαとΩは、番となった相手のフェロモンにしか反応しなくなる。  既に、自分たち専用の匂いに変化しているというのに、未だ繋ぎ止めるための手段として惜しみなく使っているわけだ。本当に、どこまでも貪欲な本能だと呆れてしまう。  それとも、元々の独占欲の強さが番の関係にも影響しているのだろうか。 (だって、俺だけの翠だ)  体の奥の奥まで相手を受け入れ、その快楽に泣いて善がる片割れは、生涯自分だけのものだ。他の誰にも見せたくないし、見せるつもりもない。 (早く、ぐずっぐずにしてやりてぇ)  けれど、まだ溺れるわけにはいかない。必ず確認しなければならないことがある。 「翠、仕事は?」 「早めに進めてたから、大丈夫。明日は会議もないし、最悪、一日くらいは滞っても平気」 「なら、明日は病欠にしとくぞ。薬は飲んだか?」 「どっちも飲んだし、お前の分、水と一緒にそこに置いてるから。……っ、あーもうっ、つばさ、はやく……っ」  下腹部をさすりながら辛そうに訴えてくる翠の額に、褒めるためのキスを贈る。それから、彼の指差した先に置かれていた二種類の薬を口に放り込み、勢いよく水で流し込んだ。  行為の最中に使う必需品(・・・)も、サイドチェストの引き出しから取り出しておく。  我慢するのもさせるのも、ここまでだ。 「待たせて悪い。ちゃんと、満足するまで抱いてやるから」  ジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを乱暴に引き抜きながら相手の体に覆いかぶさる。柔らかな髪を撫でてやれば、普段は明るい光を宿す翠の瞳がとろんと欲に蕩けた。  彼の目に映り込んでいる自分も、熱に浮かされたひどい顔をしている。 「俺も満たしてくれよ、翠」  獲物を狩る獣のような笑みを浮かべた翼は、双子の兄に噛みつくように口づけた。 ◆◆◆  始まりは、十五歳の夏休み。  海外出張のために両親が一週間ほど家を空けていた、ちょうどそのタイミングで翠の初めてのヒートがきたことがきっかけだった。
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