お嬢様、次なる目標を見据える

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お嬢様、次なる目標を見据える

                  エピローグ 「……おおっと! やべえ!」  少し目線を逸らしてしまった真珠がパスをトラップし損ねてしまう。 「ちょっとちょっと、ちゃんと練習に集中しなさいよ……!」  雛子が周囲を気にしつつ、髪を整えながら真珠を注意する。 「……お前こそなんだよ、さっきから周りのことをチラチラと見やがって……」 「べ、別に集まったギャラリーに良い所見せようと思っているわけじゃないんだからね!」 「ああ、そう思っているってことだな……分かりやすいやつめ……」  真珠が目を細める。ボールを拾った円が二人に語りかける。 「だけど、神奈川県下有数の強豪である横浜プレミアムに勝ったということで、にわかに注目を集めてきているよね。日に日に練習見学のギャラリーの数が増えていっているよ」 「ちっ、こうなるんだったらサインの練習をもうちょっとしておくんだったぜ……」 「アンタのサインなんか欲しがる物好きなんてまずいないからせいぜい安心しなさい」 「ああん……?」  真珠が雛子のことをジロッと睨む。雛子が自らの頬を抑える。 「それにしても……ツーショット写真とか求められるだろうから、もうちょっとちゃんとメイクしてくるべきだったかしら?」 「余計な心配すんな、どうせお前は写真を撮る側だからな」 「なんですって……?」  雛子が真珠のことをキッと睨む。真珠が雛子にググッと近づく。 「……なんだよ?」 「……なによ?」 「む……」 「むむ………」 「二人のやり合いがひとつの名物になっているっていうことは黙っておこうかな……」  円は睨み合う真珠と雛子を見つめて微笑みながら小声で呟く。 「……お足の調子はもうよろしいんですの?」 「念のため検査してもらったけど、大丈夫だったわ。怪我の再発も心配無し!」  魅蘭の問いかけに対して恋がウインクしながら答える。 「それは何よりですわ……」  魅蘭がホッと胸をなでおろす。恋がそれを見て笑う。 「ふふっ、なに? もしかして心配してくれていたの?」 「そ、それはそうですわ。貴女はこのチームにとって、とても重要な方ですから……」 「へえ、とても重要な方ねえ……」 「そう……さながら老舗旅館を引っ張る女将さんのような……」 「お、女将さん⁉」 「いや、職場などを支えるお局さんのようなと言った方が良いかしら……?」 「お、お局さん⁉ た、例えがちょっとばかり間違っていないかしら?」 「そうですか? 豊富な経験を有しているということを言いたかったのですが……」 「あ、ああ……そう……それならまあいいのかしら……?」 「まあ、ご不満のようでしたら、皆に希望の光を照らす女神さまでもよろしいのですが……」 「そ、それはまた、スケールが大き過ぎるわね! 奥様とかで良いわよ……」 「ふむ、とにかく、ワタクシにとっても貴女は必要不可欠なのです……!」  魅蘭が真剣な目で恋を見つめる。そのまっすぐな眼差しに恋が戸惑ってしまう。 「え、ええ……?」 「ワタクシの更なるレベルアップには貴女の的確かつ厳しい指導は欠かせませんから!」 「あ、ああ、そういうことね……そうね、これからもガンガンビシビシ鍛えて上げるわ!」  恋が優しく微笑みながら頷く。 「……どうもありがとうございます」 「いいえ、私にとっても良いウォーミングアップになりましたから……」  ヴィオラが最愛の言葉に応える。最愛が首を左右に静かに振る。 「そうではありません。わたくしをこのチームに……フットサルに誘ってくれたことです」 「! あ、ああ、そういうことですか……」 「あの時、ボールをわたくしの方に向かって思いっきり蹴りこんでくれなかったら……」 「い、いや、それは出来れば忘れて欲しい部分なのですが……申し訳ございませんでした」  ヴィオラが苦笑した後、最愛に対して丁寧に頭を下げる。最愛が手を左右に振る。 「どうぞ頭を上げてください。わたくしにとってはとても大きなことでしたから……わたくしの人生に彩りと輝き……その他にも実に多くのものをもたらしてくれました……」 「はあ……多くのものですか……?」  首を傾げるヴィオラに向かって、最愛が思い出すようにひとつひとつ呟いていく。 「喜び、怒り、悲しみ、楽しさ、熱さ、面白さ、美しさ、尊さ、コシの強さ、麺の太さ……」 「お、思ったよりも多いですね⁉ 最後の方はフットサル全然関係ないし!」 「何よりも嬉しさ……チームとして勝利を手にした時の瞬間は何物にも代えがたいです」  最愛が胸に手を当てて、目を閉じて呟く。ヴィオラがフッと笑って応える。 「そうですか……もっと大きな嬉しさを感じられますよ……全国大会で勝つことです!」 「! ぜ、全国大会ですか……!」  最愛が驚きのあまり目を見開く。ヴィオラが笑顔を浮かべながら告げる。 「もっとも、今よりも厳しい練習をしないとたどり着くことが出来ません。対戦する相手のレベルも上がっていきますからね……勝利の栄光への道は長く、そして険しいものです」 「それは楽しみですね……掴み取ってみせます。わたくしはゴールキーパーですから!」  最愛が右手を広げてにっこりと微笑む。                   ~第1章完~ ※(23年12月19日現在) これで第1章が終了になります。次章以降の構想もあるので、再開の際はまたよろしくお願いします。
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