第1話(1)とんとん拍子

1/1
前へ
/50ページ
次へ

第1話(1)とんとん拍子

                  1 「しかし……あのボール一個分の穴を正確に通すヴィオラもだけど……それを振り向き様に止めたアンタも凄いわね……」 「いや……」 「それほどでも……」  最愛と三つ編みがともに後頭部を抑える。 「ヴィオラに関しては皮肉よ」  トサカヘアが三つ編みに冷ややかな視線を向ける。 「あ、そうですよね……」 「まったく……何事もなくて良かったわ」 「ま、まあ、コートに戻りましょうか、溝ノ口さんも」 「はい……」  四人は最愛を連れてコートに戻る。 「……ということで、メンバーが増えました~♪ はい、拍手~!」 「……」  三つ編みの呼びかけに三人は黙る。三つ編みは首を傾げる。 「あら、どうしたの?」 「どうしたのって……それで良いのかお前……?」  ウルフカットが最愛に問う。最愛が頷く。 「ええ」 「ええって……」 「察するに……」 「うん?」 「このチームは人数不足で実質的な活動はほとんど見られない……それならば他の人数が揃っていて、なおかつやる気もあるチームにコートを譲れと周囲からプレッシャーをかけられている……といったところでしょうか?」 「あ、当たっている、凄い洞察力……!」  ショートカットが驚く。三つ編みが満足そうに頷く。 「そこまで理解してくれているならば話は早いですね……この後予定は?」 「特にないです」 「OK、それなら一緒に練習を……練習着とシューズは私のものを貸してあげます」 「シューズはともかく、練習着は及びません」 「え?」 「自分で持っていますから」 「持っているって……」 「この近くのジムで汗を流すのが日々のルーティンなもので……」 「ああそうなのですか……更衣室はあっちですから」  最愛が練習着に着替えてくる。 「……お待たせしました」 「……何度も聞くが、本当に良いのかよ?」 「ええ、ちょうどクラブ活動というものをやってみたかったのです」  ウルフカットの問いに最愛が頷く。 「学校の部活ではダメなのか?」 「なんといいますか……わたくしの心の琴線に触れなかったのです……」  最愛が自らの胸に手を当てて呟く。 「き、金銭か、やっぱお嬢様ってのは金にシビアなんだな……」  ウルフカットが顎に手を当ててふむふむと頷く。トサカヘアが呆れる。 「アホは放っておいて……」 「ああん?」 「アンタ、プレー経験はあるの?」  トサカヘアが最愛に尋ねる。 「本格的にはありませんが、サッカーなら体育の授業で何度もありますよ」 「サッカーじゃないわよ」 「?」  最愛が首を傾げる。三つ編みが口を開く。 「私たちがやっているのは『フットサル』です」 「フットサル……」 「そう、5人対5人で行う競技で、基本的には室内で行われる、サッカーに似たものです」 「ふむ……」 「私たちは『ステラ川崎』というチームで、このコートで練習をしています」 「ほう……」 「ここまではよろしいですか?」 「大丈夫ですわ」 「じゃあ、チームに参加ということで……」 「はい」 「話がとんとん拍子だな……」 「まあ、やる気があるなら良いんじゃないの?」  ウルフカットの言葉にトサカヘアが応える。 「溝ノ口さんは結構身長もありますし、ゴレイロでいいですね?」 「ゴレイロ?」 「ああ、ごめんなさい、ゴールキーパーのことです。フットサルではそのように呼ぶときもあります。基本はゴールキーパーでも通じますが」  三つ編みが両手を胸の前で合わせる。最愛がゴールを見つめながら尋ねる。 「ゴールキーパーとはゴールを守るポジションですよね?」 「ええ、最後の砦です」 「砦……」 「やって下さいます?」 「ええ、やりましょう」 「助かるわ~」 「ちょ、ちょっと待って!」  ショートカットが声を上げる。三つ編みが首を捻る。 「円さん、なにか?」 「いや、溝ノ口さん初心者でしょ⁉ そんな簡単に決めていいの?」 「見事なキャッチングでしたよ?」 「そ、それにしたってさ、他にもポジションがあるんだし、まずは体験してもらった方が良いんじゃない? 適性を見る意味でも……」 「ちっ、まあ、円さんの言うことにも一理ありますね……」 「今露骨に舌打ちしたよね⁉」 「ではまずパス練習をしてもらいましょうか」 「分かりましたわ」  三つ編みの言葉に最愛が頷く。 「それじゃあ、円さん相手をしてあげて」 「う、うん……あ、ボクは登戸円(のぼりとまどか)、よろしくね」 「よろしくお願いしますわ」  最愛は円に丁寧に頭を下げる。 「それじゃあ、ちょっと距離を取って……ボールは色んな蹴り方があるけど、まずはここでの蹴り方を覚えよう」  円が自らの足を持ち上げ、内側辺りをさする。 「インサイドキックというものですね」 「おっ、よく知っているね~じゃあ、そこに当てるように蹴ってみようか……うおっ⁉」  スピードあるボールが来たため、円は戸惑う。最愛は首を捻る。 「……強すぎましたかしら?」 「い、いや……この距離ならそれくらいでも良いんじゃないかな……はい、リターン……おっ、トラップも上手いね……ふおっ! ははっ、良いパスだね……ぬおっ!」 「円の奴、押されてんじゃねえか……」 「あれじゃ逆に教わっているみたいね……」  ウルフカットとトサカヘアが呆れながら、最愛と円のパス交換を見守る。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加