第1話(4)突然の倒置法

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第1話(4)突然の倒置法

「……」  ベンチに座って一息ついている最愛に三つ編みが話しかけてくる。 「お隣、よろしいですか?」 「……どうぞ」  三つ編みが座り、口を開く。 「『アラ』としてのパス能力……」 「え……」 「『ピヴォ』としてのドリブル能力……」 「うむ……」 「『フィクソ』としての守備能力……」 「ふむ……」 「どれをとってもセンスの良さを感じました」 「はあ……」 「溝ノ口さん、貴女はどのポジションがやりたいですか?」 「え? ポジションの話だったのですか?」  最愛は首を傾げる。 「そ、そうですよ。アラはサッカーで言えばミッドフィルダー。ピヴォはフォワード、フィクソはディフェンダーですね」  一人で盛り上がっていたのが恥ずかしかったのか三つ編みは顔を赤らめ早口で説明する。 「ほう……」 「ま、まあ、細かく言うとまたちょっと違うのですけどね……」 「う~ん……」  最愛が己の両手をまじまじと見つめる。 「やっぱり溝ノ口さん……」 「わたくし……『ゴレイロ』、ゴールキーパーをしてみたいですわ」 「!」 「……駄目でしょうか?」 「駄目ということはないですけど、どうして?」 「貴女の……えっと……」 「ああ失礼、まだ名乗っていなかったですね、大師(だいし)ヴィオラです」 「大師さんの……」 「ヴィオラで良いですよ」 「! ヴィ、ヴィオラさんのわたくしを目掛けて蹴ったキック……」 「い、いや、あれは別に狙ったわけじゃないですから! たまたま、たまたまですよ!」  ヴィオラが手を激しく左右に振る。 「あのボールを受け止めた時……」 「見事にキャッチされましたね……」 「まさにその時ですわ……」 「その時?」 「心に……」  最愛が己の胸に手を当てる。 「心に?」 「走ったのですわ、稲妻が」 「と、倒置法⁉」 「はい?」 「い、いや、すみません、続けてください……」 「このような感情を抱いたことは今までの人生でまずありません……」 「そうですか」 「そこでこう思ったのです」 「ど、どう思ったのですか?」 「感じちゃった、運命」 「またもや倒置法⁉」 「なにか?」  最愛が首を傾げる。 「い、いえ、なんでもありません……そうですか、運命ですか」  ヴィオラが立ち上がる。最愛が苦笑する。 「ふふっ、大げさですわよね、わたくしってこういうところがあって……」 「良いのではないですか」 「え?」 「私も人生を長く生きたわけではありませんので、そこまで偉そうに言えることでもないのですが、一つの出来事を運命だと自覚することなどほとんどありません」 「そ、そうですか?」  ヴィオラが頷く。 「ええ、そうですとも。それもある種の幸運です」 「幸運?」 「ええ、人生を豊かに彩るきっかけを得たのですから。私はそう思います」 「では……わたくしはきっかけをその手に掴んだと……」  最愛が両手を握りしめる。ヴィオラはそれを見て微笑む。 「ふふっ、どうやら掴んでしまいましたね、ハートを……」 「は?」 「あ、こっちの倒置法は伝わらない⁉」  ヴィオラが再び顔を赤らめる。最愛が首を捻る。 「どういうことでしょうか?」 「い、いえ、気にしないで下さい……お疲れでしょうから、キーパー練習はまた後日……」 「いえ、今すぐ始めたいですわ」 「ええ?」 「なんというか……感覚を忘れないうちに!」  最愛が両手を強く握りしめる。ヴィオラが呟く。 「コートの事務所なら、レンタル用にキーパーグローブもありましたね……」 「売り物は?」 「え? ああ、一応何種類か取り扱っていたと思いますが……」 「……では、その中で一番高いものを希望します」  最愛が黒いカードを取り出す。 「お、お嬢様! い、いいのですか?」 「ええ、わたくし、何事も形から入るもので……」  購入したキーパーグローブを着けた最愛がコートに戻ってくる。ヴィオラが声をかける。 「では、キーパー練習をしましょう……三人ともこっちに来て下さい」 「?」  ヴィオラが集まってきた真珠、雛子、円に説明する。四人は順に並ぶ。 「では、参ります……円さん!」 「えいっ!」 「ふっ!」 「! 低いボールもしっかり手で取りに行った……雛子さん!」 「それっ!」 「ほっ!」 「! サイドを突いたボールに飛びついた……横っ飛びにも恐怖心はない……真珠さん!」 「おらあっ!」 「はっ!」 「! 強いボールと見るや、パンチングに切り替え……判断力が良い……私の番ですね!」 「⁉」 「! 初見のブレ球に対して、反射的に膝で防いだ……反応も鋭い……皆さん、こちらの溝ノ口最愛さんが、我が『川崎ステラ』のゴールキーパーで良いですね?」 「異議なし!」  三人が声を揃えて頷く。ヴィオラが優しく微笑みかける。 「……ということでよろしくお願いしますね?」 「ええ、こちらこそ、よろしくお願いしますわ!」  最愛が力強く頷く。この日、お嬢様はゴールキーパーになった。
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