しにがみちゃんと私

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 夕日が差し込む教室。外からは運動部の練習に励む声や吹奏楽部の調子外れの力が抜けそうなメロディが聞こえてくる。  誰も居なくなった教室で私は黒板や教壇や窓を雑巾で拭いていく。  これは日直の役割で、このクラスのみに存在する。当然、生徒からは満場一致で不評。誰もやりたがらない。  私だって、したくてしているわけじゃない。  そして、私は日直でもない。  手を止めて、重いため息を吐く。  無心で仕事を終わらせてさっさと帰ろうと思っているのに、ノイズのようにどうして私はこんなことをしているんだろう? と心に浮かんでしまう。そして、考えれば考えるほど、心は沈んで、手を止めてしまう。  外から聞こえる楽しそうな人たちの声が遠くなる。自分が世界から孤立した存在に思えて、寂しさで背中が泡立つ。  ああ、だめだ。  喉がキュッと締まって、目から涙が溢れ出そうになる。 「そうだ。あの世に行こうー!」  突然、教室中に女の子の声が響き渡り、私は体を跳ねさせて驚いた。同時に悲しみもかき消されてしまった。  振り向くと、誰も居なかったはずの教室中央の机の上に、制服を着た、くせっ毛で髪を跳ねさせた女子がちょこんと座っていた。 「って、顔してましたよー」  物騒な言葉に似つかわず、その女の子は妙にのんびりと間延びした口調で言い、緩んだ笑顔をした。  いつから居たのか、気が付かなかった。それに、見覚えがないけど、制服を着てるってことは他のクラスの子なんだろうか。他のクラスと交流なんてないから、分からない。 「どうですー? あの世、行ってみませんかー?」  驚く私なんてお構いなしに、彼女はマイペースに言う。 「えっと、誰、ですか?」  私の聞き間違えでなければ、死んでみない? と不穏にからかわれているらしい。本当は怒るべきなんだろうけど、戸惑いのほうが勝っていた。 「わたしですかー? 死神ですよー。名前は教えちゃいけない決まりですのでー。気軽にしにがみちゃんとでも呼んでくださいー」  はて? 私は首を傾げる。また聞き間違えか、それとも、本当に私はからかわれているんだろうか。 「あー。その顔は信じてない顔ですねー」  ピンと指を指しながら指摘される。向けられた手の薬指に銀色の指輪がキラリと光った。校則でアクセサリーは禁止されているはずなのに。  私は形だけでもと首をブンブンと横に振って否定した。彼女は少しも気にしていないのか、わざとらしく唇を尖らせてから、また口元を緩ませた。 「まー、まだ試験中で正式には死神ではありませんのでー。仕方ないですねー」 「え? 死神にも試験なんてあるの?」  素直に疑問を口にすると、彼女は自分が死神だと信じてくれたのだと勘違いしたのか、座っていた机から降りると、前の机にバンっと勢いよく手を付き、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに前のめりで語りだした。 「今、まさに卒業試験中なんですー。試験内容は人によって違うんですけどねー。なんと私は一番難しいと言われてる、人間を自殺させることなんですよー。他の試験は寿命の決まった命を迎えに行くだけだったり、彷徨ってる魂をあの世に案内するだけなのにですよー。理不尽ですよねー。私がいつも失敗ばかりして先生を困らせてるので、嫌がらせかもしれませんねー」  大袈裟に身振り手振りを加えながらも、口調は変わらずのんびりと彼女は語った。まるで、この辺りだけ時間がゆっくり進んでるみたいに。
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