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「一日だけ、太陽の馬車をお貸し下さい。エパポスやその友人達に太陽の馬車を見せつけ、見返してやりたいのです!」
太陽神ヘリオスにとってこれは予想外の答えだった。神の子である証拠を示す宝物を与えればいいと思っていたのだが、言うに事欠いて太陽の馬車を見せつけるだと? それはあってはならない! 苦い顔をしながら拒否を示すのであった。
「太陽は地上全てを照らすと言う重要な役目があるのだ。それに、太陽の馬車は余でなければ扱うことは出来ぬ! 他の願いにしておくれ!」
「父上の嘘つき! 何でも願いを聞いてくれると言ったのに!」
しまった…… うっかりとしていた。愛する息子が遠くの地から訪ねて来てくれた嬉しさから、つい気を大きくしてしまった。
ここで約束を反故にしてしまえば、余が死んでしまうではないか。
太陽神ヘリオスは遺憾ながら、パエトンの願いを聞くことにしたのだった。
太陽神ヘリオスはパエトンを連れ馬房へと向かった。馬房には四頭立ての太陽の馬車が繋がれていた。パエトンはその豪華絢爛さを前に嘆息するのであった。
「よいかパエトン。この馬車はオリュンポス十二神の鍛冶神ヘパイストスが作りし馬車であるぞ。太陽である燃える車輪、両輪で繋ぐ車軸、轅(馬を繋ぐ棒)が金であるぞ。輻骨(馬車の骨組み)のみが銀だ。お前が乗る御者台には橄欖石や柘榴石や金剛石などの宝石が散りばめてある。数多の宝石が燃える車輪から発される太陽の光を四方八方に反射させることでこの地上を照らすのだ」
太陽神ヘリオスによる太陽の馬車の説明であったが、パエトンは太陽の馬車の美しさに夢中になっており、全く聞くことはなかった。
次に太陽神ヘリオスは太陽の馬車と轅で繋がれた四頭の馬達に話しかけた。その四頭の馬達はいずれも黄金の鬣、黄金の蹄、炎の瞳、白熱の毛並み、筋骨隆々とした立派な駿馬である。
「ピュロエイス、エオオス、アイトン、プレゴン。今日は私が御者ではない、私の息子が御者をすることになった。勝手が違うとは思うが、いつもの通り空を駆け無事に帰ってきておくれ」
くれぐれも、余計なことはするな。と、太陽神ヘリオスは四頭の馬達に釘を刺した。
次に太陽の馬車を御する方法の説明に入る。
「いいかい、パエトン? この四頭の馬はとても賢い。お前は絹の手綱をしっかりと握っているだけでいい。決して、変に緩めたり曲げたりしてはいけないよ。手綱を握り、立っているだけでいい。くれぐれも余計なことはしないように。いいね?」
「はいはーい」
馬車馬は口に咥えた轡と繋がった手綱で御者の指示を受けるものである。
今回、太陽神ヘリオスは御者であるパエトンに馬に指示を与えさせず、馬なり(馬任せ、今回は太陽神ヘリオスの指示のまま)に走らせるつもりであった。
馬なりにしておけば、何事もなく無事に帰ってきてくれると考えていたのである。
パエトンは御者台に乗り、絹の手綱をギュッと握った。
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