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プロローグ
──人生何がおこるかわからない。
誰もがどこかで一度は聞いたことがあるフレーズだ。
「ねぇ実秋、俺にもひとくち頂戴」
「えっ……あ、もうっ」
遠慮なしに大きな手が伸びてきて私の飲みかけのココアは、ほとんど飲み干される。
「あっま」
「真夏甘いもの苦手なくせに……」
そう口を尖らせながらも私は幸せを噛みしめる。
「来週引っ越しかー、なんだかんだあっと言う間だったよな」
「だね」
見渡せば私の借りている築40年の2DKの自宅は随分と様変わりした。真夏とおそろいのマグカップにスウェット。同じ柔軟剤にシャンプーの香り。二本並んだ歯ブラシに、ベッドの上の枕もふたつ。本当に以前の私と違うところを数え上げたらきりがない。
あの日、真夏がやってきてから私の世界が変わってしまった。
現実世界での恋を諦め、ひたすらに推し活に励んでいた私は本物の恋の味と共に真実の愛を知った。
「おーい実秋、聞いてる?」
私が耳が弱いのを知っていて真夏が意地悪な顔でわざと唇を寄せる。
「や、やめてよ。いまテレビ見てるから……」
「ふぅん。なぁ、今からおんなじ台詞いってやろうか?」
つけているテレビから聞こえてくる少し高めの甘い声が、すぐ真横から私の鼓膜を刺激して鼓動は一気に跳ね上がる。
「実秋?」
「も……やめてよ……きゃっ」
真夏はクスッと笑うと私をソファーに押し倒した。反転したテレビの中のヒロインもヒーローにベッドに押し倒されているのが見える。
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