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小学生の頃、仲良しグループで作った秘密基地がある。小学校の裏山だ。そこは稲荷様が祀られている神社があって、社までは、長い石段を登っていかなければならない。その石段の途中に、ちょっとした公園があり、ブランコや滑り台などの遊具が設置されていた。
当時の小学生たちは、学校が終わると家に走って帰り、ランドセルを放り投げてから、あちらこちらに集合して遊んでいたものだ。公園脇の獣道を入っていくと、そこに大木の根元が、雨で削り取られ、洞窟みたいになっている場所があった。仲良しグループは、そこを「秘密基地」と呼んでいた。
おれの通っていた小学校は、住んでいる場所で、二つの中学校に分かれる。卒業式は、ただなんとなく終わってしまった気がしたが、中学校は部活で忙しく小学校の頃の友達のことなんて、忘れてしまうほどだった。
小学校時代の友達なんて、そんなものだ。中学になって離れれば、それっきり。高校になって離れれば、それっきり。大人になればなるほど、なんだか妙に懐かしい気持ちになって、「あいつ、どうしているかな?」なんて思い出すくらいの話だった。
二十歳の成人式の日。おれは一郎と二人で、神社の石段を登って行った。仲良しグループで埋めた記念品を掘り起こすためだ。
小学校の卒業式から八年。仲良しグループは一人減り、二人減り……。掘り起こすために集まったのは、おれと一郎だけだった。
中学の時。達也が死んだ。サッカーの授業中、熱中症で倒れたという話だった。
高校一年生の時、大輔が死んだ。彼は高校に進学せずに、塗装店に就職していたのだが。屋根の上から転落したと聞いている。
そして、去年。剛が死んだ。血液の病気だったそうだ。
「みんな死んでしまった。あの頃は、こんなことになるなんて、思ってもみなかったな」
「そうだ。みんな大人になって、自由に暮らしていることを夢見ていた」
おれたちは持ってきたスコップで、秘密基地の地面を掘り返した。アルミ製の箱はすぐに見つかった。腐食しているおかげで、蓋を開けるのに苦労したが、やっとの思いで開てみると、中に納まっていたものは、八年前と何一つ変わりなくそこに収まっていた。
「懐かしいな。これ。剛の30点のテストだぞ。記念だって言っていたっけ」
「あいつバカだったもんな」
「こっちは達也のサッカーのメダルじゃないか? あいつ。こんな大事なもの、ここに入れて。ご両親に返したほうがいいな」
一郎は次々に箱の中から思い出の品を取り出した。そして、最後に。箱の底にあった一冊のノートを取り出す。
「これ。交換日記じゃないか。懐かしな~。お前、覚えているか?」
一郎はそう言うと、ノートをめくって、適当なところを読み上げた。
「5月6日晴れ。担当は剛。今日もゴリ雄の奴。給食の時に鼻水手で拭くんだ。きったねー。病気で死ねばいいのに——ゴリ雄ってさ。クラスにいた奴だよな」
一郎は続きを読む。
「6月9日雨。担当は大輔。ゴリ雄のランドセルに腐った牛乳いれてやったら、クラスの女子たちに怒られた。あいつ、女子なんかにかばってもらってさ。男女かよ。屋上から落っこちて死んじゃえばいいのになあ……」
一郎はそこで息を飲んだ。
「お、おい。これって、あいつら。交換日記に書いているようなシチュエーションで死んでないか?」
彼は顔色を青くする。血の気も失せ、日記を持つ手が震えていた。そうあって欲しくない——。そういう思いが感じ取れた。一郎は達也のパートを読む。
「8月8日晴れ。担当、達也……。プールで遊んでいたら、ゴリ雄が注意してきた。生意気。しかも先生にまで見つかって、喧嘩するなら、もうプールは開放しないってさ。あいつ、本当にイラつく。太陽で干からびて死ねばいいのに——」
一郎はぶるぶると震えだした。それから、おれを見た。その瞳は虚ろで、まるで生気が感じられなかった。
「一郎は、なんて書いたんだ?」
おれの問いに、一郎は歯がガチガチと鳴り出した。
「おいおい。みっともない。いい年して。なにを怖がっているんだ」
「だ、だって……おれは。おれが書いたのは……」
おれは一郎の手から交換日記を取り上げると、一郎のところを読み上げた。
「10月11日。くもり。担当、一郎。校庭で木登りをしていたら、ゴリ雄もやりたいってついてきた。あいつとろいから。登らせてみたら、やっぱり落ちた。木の上から落ちて死んでしまえばいいのに——だって。一郎。お前、大丈夫か?」
一郎は膝をガクガクさせておれを見据えたまま言った。
「お、お前……誰だ?」
彼はおれを指さした。
「こ、交換日記に出てくる名前は、剛、大輔、達也、一郎だ。お、お前の名前がないじゃないか!」
「本当だ。おれの名前、ないね。おれは誰なんだろうね。ねえ、知っている? お前たちがここに散々悪口を言っていたゴリ雄。中学校に入る時、引っ越したんだよ。お前たちはね、悪びれることなく、『死ねばいいのに』って言うけどね。ねえ、言われた人の気持ちになってみなよ。なあ、一郎。お前も、死ねばいいのに」
一郎は「ひい」と悲鳴を上げると、一気にその場から走り出した。
「ああ、そっちは行かないほうがいい。だって——」
——昔は獣道があったけど、今は開発されて崖になっているんだけどな。
「ぎゃああ」
「道がないんだから……」
遠くで聞こえた一郎の悲鳴はそれっきりだ。ぱったりと静かになった秘密基地には、思い出の品が残された。
「軽々しく『死ねばいいのに』なんていうもんじゃないよ。口にしたら最後、その代償を支払うのは自分だ——」
おれは、交換日記を箱に納めると、再び元の場所に埋めた。もう誰もいなくなったんだ。こんなガラクタは用済みだ。
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