tomorrow’s sake is good

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tomorrow’s sake is good

2章 永遠の凍結  私は「時の加護者」アカネ。  現世で深く傷ついた魔人ルカの肉体と精神を休める場所。それはナンパヒ島の「ルル診療所」だ。ルカを連れてギプス港についた私はロッシがいなくなった理由もわからずにただ遠く海を見つめるカレンの後姿を見つけた。カレン、ロッシがいなくなったのはね.... —王都ギプス ギプス港—  私たちは王宮から離れた迎賓宮へと案内された。  聞こえは良いが、これも魔人を警戒しての事だろう。  給仕たちはルカの為にフカフカのベッドを用意してくれた。  そしてルカの指の傷口の包帯の交換を始める。給仕たちもルカが魔人だとは聞いていたのだろうが、見た目13歳のあどけない少年のその痛々しいケガを確認すると、親身になって介護をしてくれた。  迎賓宮の格調高い扉が音もなく静かに開く。  部屋に入ったカレンは私を見るなり力強く抱きついてきた。  「アカネ、久しぶりだね」    「うん、そうだね」  カレンは以前のような男装系の服装ではなく、ラヴィエが着るようなお嬢様らしい服装をしていた。  これも、もしかしたらロッシの蒸発に対してのカレンなりの答えのひとつかもしれないと思うと、服の事にも、ましてやロッシの事には触れる事などできなかった。  「アカネ、お父様に聞いているのね」  「な、何が? 」    「ふふふ、わかり易いなぁ。私たち友達でしょ? アカネは私の事を気にかけてくれている顔してるよ。ありがとうね」  「ごめん.. カレン」  「ううん。私ったら『もしかして男っぽい私が嫌になった? もっと可愛い服着たほうがよかった? 』とか考えちゃうんだ。今更.. ロッシはここにいないのにね.. 」  私はいったいどう言えばいいのだろう。真実を教えるべきなのだろうか? しかし真実は残酷なロッシの死だ。それはさらにカレンを傷つける事になるのではないだろうか? あの時、ロッシはカレンの為に死んだのだ。カレンにそんな重荷を背負わせるべきではないのではないか..  「 ..カレン、ロッシはきっと帰—」  「ロッシは死んだよ。ロッシは最後の瞬間まで君を想い、君の愛を貫いて死んだんだ。僕は彼ほど素晴らしい男を知らない」  「シエラ! いきなり何を.. 」  カレンはシエラの突然の言葉をなぜか驚かず冷静に聞いていた。  「アカネ、いいの。私、何となくそんな気がしていたの。ロッシはもしかして死んでしまっているのではないかってね。そして、それらの事実を受け入れた自分がいたような気もしていた。誇りを重んじるシエラの言葉ではっきり確信したわ。ありがとう、アカネ、シエラ」  カレンの願いで、消えた6年に起こったこととロッシがどのような最後を迎えたのか、そして彼がカレンに残した愛がどれほど偉大だったかについて正直に話した。  カレンは何度も大粒の涙をこぼしながらも、その愛に誇りを感じていた。  そしてカレンはその着ているドレスの袖を掴むと肩から破り取った。  「わかったわ。私は、いや、カレン調査団はナンパヒ島を目指せばいいのね」  「カレン.. 」  「何? アカネ、私に気遣いはいらないわ。私は私らしく生きる。それがロッシの願いだと思うから」  そうだ。この言葉は消えた6年においても、ロッシの愛を誇るカレンの言葉だった。  「じゃ、カレン、お願い! 私たちをナンパヒ島へ連れて行って! 」  「うん。任せて! カレン調査船は必ずあなた達をナンパヒ島へ連れて行くから!!」 ・・・・・・ ・・ —翌朝、西の風2m 快晴の出航日和。  「おおー! これは久しぶりだな、嬢ちゃんたち! 」  深くタバコを吸いニカッと笑うそのお顔、なんて素敵なんでしょう! やっぱり超絶男前! ヒュー・ジャックマンにそっくりなラオス船長。もう恋人になっちゃおうかな。歳の差なんて、どうでもいいじゃない。  船に乗り込む時、少しよろけて、バッと腕で支えてもらう計画を実行する時が今!  「キャッ」  渡り板から降りる時によろよろとラオス船長の方へ..  「危ない! 」とラオス船長の声  私の身体を風よりも早く抱き寄せたのは.. シエラだった。  ここで『無限の守り』を発動させることないのに..  「いや~、危ないですねぇ。見てください、あのラオスの手を。なんてやらしそうな手だろうか。あんなのに触られたらと思うと、トパーズの私でもゾッとする」  「わ、私はいいのに.. 」  「え? 何て言いました? 」  「あっ、いや、シエラに助けてもらってよかったなって」  そう言うとシエラはにっこりと満足そうな顔をしていた。  (ふふ ..まぁ、いっか)  「ところで、嬢ちゃん、王国ポルミス.. いや、そのナンパヒ島ってのは、神出鬼没だぜ。探しに行った船が帰らないなんて話は、もはや伝説ではなく事実だ。大丈夫かい? 」  「うん。この光鳥シドの羽根があれば、あちらから案内人がやってくるよ」  「ほぉ、前にやったことある口ぶりだな。俺には船員の命を預かる責任もある。その上、今、少し舵の調子が悪いんだ。与太話じゃすまない。もし、嬢ちゃんの作戦に無理があるようなら、すぐ引き返すぜ。いいな」  「いいよ。でも大丈夫だよ、船長!『tomorrow's sake is good』だよ」  「え?..クク、クハハハ!アハハハハハハハ!そっか、そういうことか! それなら大丈夫だな! 」  このラオス船長の豪快な笑いに船員の緊張は一気にほぐれた。誰もが豪快に笑う船長に理屈じゃない安心感を覚えたのだ。  しかし、この笑いの本当の意味を知るのは私と船長だけだった。 —『tomorrow's sake is good』  これはラオスの師匠であるビアス船長の古船に刻まれた文字。  まだラオスが新米の頃、酔った勢いにナイフで刻みつけた。ビアスは命を預ける船へ悪戯に傷をつけたラオスを殴りつけた。『俺は、命を預かる船に意味のない事をする奴は許さねぇ』  しかし名無しだった船は、その日から『tomorrow's sake is good号』となったのだ。  ラオスはアカネをナンパヒ島へ連れて行った命知らずな船がビアス船長のボロ船だと理解したのだ。  「用意はいいわね、船長!? 」  いつものように出向の合図を出すカレンの言葉に、ラオス船長は大きく息を吸い込んだ。  「お前らぁ!ナンパヒ・パライ・カヒへ出航だぁ!!」  [ おおーっ!! ]  頼もしい声が大海原に鳴り響いた。
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