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女の顔は泣き出しそうだった。
「出て行ってしまった……」
女の白い手の中で、紙は握り潰された。
「貴方、お酒臭いわ」
女の声は無理したように優しかった。
「泊まってらっしゃるでしょう?」
「これから帰ろうと……」
「無理はなさらない方がいいわ。もう、誠一は帰りませんから、遠慮なさらずに泊まってらして。
鍵は、管理人に渡して下さればよろしいから」
女は鍵をバッグの中から取り出した。
「シャワーを浴びたほうが良いわね。着替えは好きな物を着てらして。返す必要はありませんから。
鍵は、私が掛けて帰りますから、安心なさって」
「どうして、鍵を持っているのに開けなかったんですか?」
外は寒い。それなのになぜ、この女は外に立っていたのか。
「誠一は自分のいない時に、人が部屋に入るのを嫌うのよ」
「でも、この部屋は貴方のものじゃないんですか?」
一等地に存在する高級マンションに、一介の学生が住めるとは思えない。二人の関係は、パトロネスとツバメなのだろう。
「えぇ。だけど、住んでいるのは誠一だから」
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