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Ⅱ.馬鹿めの志田
「――そこ代入した後の計算が間違ってるんじゃない?」
「ああ、ここだったんだ、ありがとう納谷くん」
……ふう。
また一人悩める生徒を救ってしまった。僕がそんな感慨に耽っていると、背後で教室のドアが遠慮なく音を立てて開いた。それと同時に、なんとも言えない甘い香りが漂ってくる。
「おはー。寝坊しちゃったー」
いや寝坊なんてレベルじゃないだろ、次三限だよ。そんなことを思いながら振り返ると、そこにはクラスメイトの女子・志田さんの姿があった。
金髪のロングヘアに、しっかりとメイクされた顔。体のラインが出てしまうようなサイズ感のシャツに丈の短いスカート。これら全てが校則違反であることは説明の必要もない。僕と目が合うと、志田さんはずいと身を寄せる。
「納谷くーん、おはよ」
「ああ……志田さん、お、おはよう」
「いや突っ込めよ! そこは『早くないだろ!』だってば」
「あ、ああ、そっか、ごめん」
僕がドギマギしながら返すと、志田さんは弾けるような笑顔をこちらに向けながら指で拳銃を模って、僕に向けてバンと打つようなアクションをした。そしてそのまま、何事もなかったように自席へと去って行く。
道すがらすれ違うクラスメイト皆に挨拶をしたり、とにかくフレンドリーに接している。遅れてきた生徒が向けられる独特な視線、異物感。そういったものをまるで感じさせないのが、志田さんのすごいところだ。
この進学校にいながら、やっていることはちょっと馬鹿めな志田さん。なのに皆に受け入れられて、窮屈そうでない志田さん。
この学校にほとんどいない、所謂『ギャル』という出で立ちなのに、皆に嫌厭されない志田さん。
そして、僕と全く正反対な志田さん。
僕はなぜかそんな志田さんのことが、好きになってしまった。
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