Ⅶ.流れのまま

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Ⅶ.流れのまま

 ――放課後。  僕はいつもの『エリート部屋』ではなく、美術室横の『補習室』へと向かった。ここに呼ばれて意気揚々と歩くのは、僕ぐらいだろう。  補習室の前に辿り着くと、既に中から音が聞こえた。恐らくスマホで動画か何かを観ているのだろう、音質の悪い籠もった電子音声が漏れ聞こえる。  ここで僕は一気に緊張が高まった。  もし志田さんだけじゃなかったら、どうしよう。そして志田さんだけだったとしたら、僕は何を話せば良いのだろう。  勢いで「そうだ、補習室へ行こう」なんて思い立ってここへ来たのは良いが、僕は自分がどうしたいのか、よく考えていなかった。  この補習室に来たことの、最善の結果、最高の結果とはなんだろう。僕は何をするために、ここへ来たのだろう。  ……もう、いいか。  どうせ何を考えたって、どう策を練ったって、志田さんのペースに飲まれれば詮無いことになるのは見えている。  僕は補習室のドアを開け放った。いつも志田さんが遅れて登校してくるときのように、堂々と。 「マ? 納谷くん?」 「……どうも」 「いやいや納谷くん、ここは補習室だよ。キミは記念講堂の方に行かなきゃでしょ!」 「いや、僕、補習なんだよね」 「ええええええ!? 納谷くんが補習ううううう!?」  志田さんは目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。 「なんでまた!? テスト中お腹でも壊した!?」  「いや、なんて言うか――」  こういう時、女子と話し慣れていない、真面目な僕はダメだなと思う。 「――志田さんと、話したくて」   包むべきはずのオブラートなんて破り捨てて焼き払い、僕は全力の直球を投げていた。いやそれしか術を知らなかった。口を衝いて出た本音に自分でも驚いたし、呆れた。 「あははは! ウケる、納谷くん腕上げたねー!」  しかし志田さんは、幸か不幸か本気とは取ってくれなかったらしい。どこか残念な気持ちを覚えつつも、少し安堵した。 「いや……その、喜んでもらえて、良かった」 「大喜びだよ! 面白いし……ちょっとキュンとしたじゃん」  納谷さんのいつもの弾ける笑顔。その頬が少し赤らんでいるように見えた。細めた目も、どこかコケティッシュに映り、僕の心臓はバクバクとすごい勢いで高鳴り始めた。
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