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Ⅸ.近めの花
「実は……私もね、中学の頃は眼鏡だったんだ」
「へえ、そうなんだ、意外だね。眼鏡返してくれる?」
僕の要望は無視しながら、志田さんは続ける。
「でもさ、なんか疲れちゃって! 受験が終わったら、こう、パーンと弾けちゃった!」
「そうなんだ、志田さんにそんな過去があったんだ。眼鏡返してくれる?」
「そんでコンタクトにしてさ、髪染めてさ、ファッションもガラリと変えちゃって、今に至るよ」
またしても無視しながら、志田さんは話しきった。僕は中々返してもらえないことに苛立ったのもあり、少し挑発的に言った。
「でもさ、良かったんじゃない。志田さん眼鏡、絶対似合わないよ」
「……ほう。言ってくれるじゃん! じゃあ見せてやろう!」
ぼやけながらも、シルエットで志田さんが僕の眼鏡をかけたような動作は見ることが出来た。でも肝心の眼鏡姿は、しっかりとは見ることが出来ない。
「あ、なに、眼鏡かけてるの?」
「見えてないのかよ! 結構視力悪いね、じゃあ――」
志田さんが、ずいと僕に近寄り、鼻先がくっつくんじゃないかと言うほどに、顔と顔が近づいた。
「……これで、見えた?」
「うん、み、見えた」
「どう? 似合わない?」
「いや、似合ってる。すっごい、似合ってる」
僕のカッコ悪い黒縁眼鏡が、こんなにも存在感を消して、顔に収まることがあるのだろうか。凛々しい志田さんの顔は、ちょっとした知性を纏って、反則的なまでに、可愛かった。
「……志田さん、近い、くない?」
「あ……おっと、近いね」
志田さんは離れ際に眼鏡を外し、方向を変えて僕の顔にかけてくれた。
やっと戻った視界の志田さんは、既に帰りの荷物をまとめていた。
「あのさ、その、眼鏡借りちゃってごめんね、ありがと」
「いや、全然、いいよ」
何となく、そこからはあまり言葉を交わさずに、互いに荷物をまとめた。
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