残酷なこの世界で、

第一章

　昨日、相棒が死んだ。
　任務中、ガキを庇って死んだ。
　瓦礫に内臓を押し潰され、その時点で手遅れだった。
　覆うようにして守っていたガキは無事だったが、スラム街を彷徨うガキなどそう長くは生きられないだろう。
　あいつもそれは分かっていただろうが、分かった上で命を投げうった。

　ドのつく善人で、いつも綺麗事ばかりを吐きやがる。
　善人は嫌いだ。何の躊躇もなく、信じた道を勝手に突き進んでいってしまう。
　振り回されるのは、いつだってこちらだ。

　死ぬことは別に珍しいことじゃない。この世の中、死とは身近な存在。
　だから誰かが死んだからといって、一々感傷に浸っている暇などない。

　そう、よく分かっている。分かっているのだ。

「……クソッ」

　つなぎのポケットに両手を突っ込み、彼──陸翔(りくと)は心底忌々しそうに悪態を吐いた。
　彼に苗字はない。彼だけでなく、この世界では殆どの者が苗字を持つことはない。持つのは限られた上流階級の人間だけだ。

　この世界は巨大な壁に囲われた、全部で１２のエリアがある。
　陸翔がいるのは第６エリア。そのエリア内でも東西南北に地区が分かれ、上流階級が住むのはエリア内で唯一整備の整った清潔で美しい街が広がる北地区と決まっている。

　陸翔が住まうのは西地区。４つに区分される地区の中で最も治安の悪い場所だった。
　殺人、犯罪は当たり前。それを裁く術さえ存在せず、まず裁こうという考えさえも持ち得ない。
　いつ息絶えてもおかしくない。そんな所だ。

　北地区であっても、清潔だの美しいだの言ってはいるが、そんなものは表面上だけで中身は他と似たようなものだろう。
　そう確信できるほど、この世界はとうに腐りきっている。根っこの分まで、余すことなく。

「……ん？」

　その時、ふと見遣った路地裏に意識が向いた。
　暗闇の中に見えた人影。その小さな塊は、地面に倒れ伏して動かない。

　誰かが倒れ込んでいることなど日常茶飯事だ。ホームレスが道端で寝ていたり、衰弱した者が動くこともできずに転がっていたり。
　特にこれからの季節、冬になるとその数は増えていく。凍てつく寒さに耐えられず、冬を越せない者が多いのだ。
　だから今の状況も、別段珍しいことじゃない。
　それなのに何故か、陸翔の足は止まっていた。