第三章

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 案内された部屋には十代の子供が複数人、それぞれがあてがわれたベッドに座っていた。皆足に繋がれた鎖によってその場から動けないようだ。少年少女らの視線を感じながら、蓮華は空きのベッドに誘導される。そうして他と同じように片足に枷を取り付けられ鎖に繋がれた。 「すみません、少々不憫ですが我慢して下さいね。また近いうちに会いにきますから、それまでいい子にしていて下さい」  蓮華は力なくベッドに倒れ込む。頭上からする声にも無反応でいると、やがて男たちの足音は遠ざかっていった。  室内は静寂で包まれる。皆好奇の目を此方に向けてきているのは分かったが、それに反応するのも億劫で我関せずに瞼を閉じた。 「──お前、男だよな」  声がした。  それが自分へかけられたものだと気づき視線だけを向けると、隣のベッドに座る少年と目が合う。  自分と同い年か少し上か。少年と青年の境目。幼さと凛々しさが混同している彼は、その短めの黒髪故かどこか陸翔に似ていた。  そんな感想を抱くと沈んでいた気持ちが僅かに軽くなった。きっとあの間抜け面を思い出したからだと、自然と緩んでいた口元に手を当てる。  話しかけられていたことを思い出し体を起こすと、相手は此方を興味深そうに眺めていた。 「へえ。笑うと一層美人が際立つな」 「……さっきのだが、俺は男だからな」 「だろうな。司祭直々にここへ連れてくるなんて、お気に入りの証拠だ。司祭はな、女より男の方が好みなんだよ」 「……」  まったく嬉しくない情報に顔を歪める。  とりあえず現状を経理する為、蓮華は周囲を見渡した。  少なくともこの部屋にいる子供たちは命に別状はなさそうだ。傷を負っている者も見当たらない。  司祭の口ぶりからするに、彼らは例の検査に”受かった”子供たちなのだろう。そして不合格とされた子供の末路が、発見された亡骸ということか。  先ほど受けた仕打ちを思い出し、体が燃えるように熱くなった。それに反比例して、心はどんどんと冷めていく。 「おい、大丈夫か?」  かけられた声に我に返った。  そして目の前にいる少年の存在を思いだし、なんとか気持ちを落ち着けようと深呼吸する。  顔を上げれば何故かこちらをまじまじと見つめている。首を傾げると、少年は片膝を立てていた足を崩して胡坐をかいた。 「また驚かされた。さっきはあんな綺麗に笑うからどこぞの坊ちゃんかと思ってたのに、どうやらそんなタマじゃないみたいだな」 「どういう意味だ?」 「だってお前今、人を殺しそうな目してたぞ」  言葉に詰まる。相手は至極真剣で、冗談を言っているようには見えなかった。  上手い誤魔化しなど思いつかない。まとまと口下手でもあり、どう答えるのが正解か分からず、蓮華は苦し紛れに話題を逸らした。 「…お前、名前は?」 「海斗(かいと)。そっちは?」 「蓮華。…ここに来てどのくらい経つ?」 「確認のしようがないけど、大体三カ月だな」  長いな。  海斗の様子を見ていると、元々の性格もあるだろうが、攫われた身であっても落ち着いているように見えた。 「……辛くはないのか」 「んー…初めは辛いし怖かったけど、暴力を振るわれるわけじゃないし、なんつーか……人間って良くも悪くも環境に適応するんだなって。あんなことされるのにも、俺は…」  眉を寄せ黙り込んだ海斗の胸の内。それを推し量ることはできないが、蓮華自身思うところがあった。  自由を奪られいいように体を蝕まれる。今もあの笑い声が、体を這う手が、己を縛る。  苦しかった。惨めだった。恨めしかった。  あんなものが許されていいのか。いや、そんなはずはない。  そうだ。こんなこと、あってはならない。 「よお、また会えたなぁ、かわい子ちゃん」  近づいてくる足音と共にかけられた声に顔を向ける。  その先で口を歪め笑う男。先ほど己に恥辱を与えた張本人に、蓮華は頭のどこかで何かがブチリと切れる音がした。  
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