文化猫

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文化猫

 塀の上、夏の暑さで溶かされた三毛猫が寝転んで無邪気に舌を伸ばしていた。今年の夏も容赦なく素肌を焦がしていき、空に浮かぶ白雲は分厚く質量を持っている気すらしてくる。口の中のアイスバーはとっくに木棒だけになっていた。  僕は自転車を停めて慎重に猫に近づき可愛いその姿を手中に収めようとするが、気配に気付いたのか目を見開くとそのまま塀を降りて交差点の向こう側へ消えていった。伸ばしかけた手を制服のポケットにしまい、今日も触れなかったなと溜息をつく。  さっきの猫は近所でも評判の野良猫で警戒心が強く、中々抱っこさせてくれないらしい。高級感漂う毛並みにふくよかな体は僕の中の理想の猫像そのものでいつかは撫でてみたいと思うが、今の塩対応では期待薄だろう。 「触りたい……あわよくば思いっきり吸いたい……」  独り言と三十秒前の近付き方の反省会をしていると、そもそも僕は今まで一度も猫の御姿に触れた成功体験が無い事に気付いた。さっきの三毛猫どころか、友人が飼っている猫にも逃げられるし、近隣の犬にすら牙を剥き出しにされて吠えられる始末だ。過去の栄光に縋りついて良いのなら動物園の飼育員さんと共同で兎の尻尾を触った事しか戦果にならないだろう。……途端に虚しくなった。  ここは一度、大胆に遠回りしてみる事にする。夢を叶える為には一発逆転の大博打に賭けるのではなく堅実に階段を登っていく必要がある。三毛猫を触る事自体にリスクは無いが、限られたチャンスを物にする為の準備が肝要だ。あと逃げられるのは普通に心が傷付く。  自動販売機で二種類あるコーラのどっちを買おうか吟味している間、僕は堅実な階段の登り方を考えていた。まずは猫の触り方のコツを掴まなければ何回繰り返しても同じ末路を辿るだろう。かと言って遠方にある友達の家に行く気分にはなれなかった。外で野良猫を探すのも非効率だ。  熱で温められたベンチの上に腰掛け、第三の選択肢として選んだメロンソーダを口につける。噴水の周りには子供が服が濡れるのも厭わずにはしゃいでいた。午前補習があったのであまり実感が無いが、この光景を見て今は夏休みだと今更思い出した。折角の夏休み、自己研鑽の為に時間を費やすべきだと思った。  猫を撫でる為に、淡々と自分に出来る最善を。 「そうだ、猫カフェに行こう」
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