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部活動は丁度休みだったので時間はあった。メロンソーダを一気に飲み干し、スマホの検索機能で猫カフェを探してみる。ヒットしたのは二件で、距離を考慮してここから七分程の場所に行く事にした。掲載されていた写真にはモダンで落ち着いた店内と欠伸する黒猫の顔があった。
正直に言えば少し緊張していた。洒落た場所に入る時はいつも友達と一緒だったので、一人で行動するのに若干の躊躇いがあった。これも良い経験だと唱えながら、やはりペダルを漕ぐ足は重かった。
自転車を駐輪場に置いて一度深呼吸する。『文化猫』という店名が壁面に描かれていて、名前の分からない観葉植物が出迎えてくれている。木製のドアに手をかけて押し開けると冷房の空気がお出迎えしてくれた。店内の入口の両脇には本棚が置かれていて古書の匂いが漂っている。
「いらっしゃいませー。アルバイト希望? 正社員希望?」
「えっと……お客希望です……」
「……えあっ!?」
カウンターには丸眼鏡をかけて黒髪を一つ括りにした女性がいて、黒猫が頭の上に乗っていた。そんな簡単に触れるなんてと仄かに嫉妬しそうになったが、それよりも彼女に言われた言葉が印象的すぎて思考が乱される。
「寝不足過ぎて勝手に喉からバイトの勧誘をしちゃった……ごめんね?」
快活で不思議な人だなあと思っていると、カウンター席を案内された。カフェスペースと猫スペースが完全に分かれているタイプで、店内には一組の先客が珈琲を楽しみながら談笑していた。そうなると店員の頭の上に猫が乗っていた事に対して説明がつかないが、従業員権限は最強という事で結論づけた。
「文化猫のご利用は初めて?」
「はい。あと猫カフェ自体初めての経験で……」
「成程。じゃあ簡単に説明するね。この店はワンドリンク制でドリンク代一億円を支払うとその後一時間保証で猫ちゃんに触り放題って感じだよ」
「まあやっぱりお値段張りますよねって……一億ぅ!?」
法外な値段を提示されて戸惑うが、声を押し殺して大爆笑する姿を見て騙されたと分かった。適正価格を教えられた後もこっちを見て時折ニヤニヤしていた。
気を取り直して冷えた紅茶を注文し、猫がいるスペースに目を向ける。先客が猫じゃらしを使って猫と戯れていた。無防備に腹を見せて蕩けた顔をしている。
「そんなに猫が好きなの?」
「はい。一度も撫でた事ないんですけどね」
「へー。なんか笑えるね」
ナチュラルに馬鹿にされた気がする。
意趣返しでちょっとムッとした顔を演技すると「全然怒ってないね」と看破された。何故バレたのか。
「面白くて可愛いね君。私、店主の大山って言うんだけど連絡先交換しない? それかアルバイトに来なよ。優しく教えるよー?」
「怖っ! 絶対詐欺師でしょ!」
「君は君で大分失礼だなあ」
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