文化猫

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 アルバイトは三日後の午前十時から始まった。開店は十一時からなのでその間、僕は玄関の少し名前を覚えてきた観葉植物にジョウロで水遣りをして、個別のケージに入れられた猫にキャットフードと水をあげた。 「可愛い……! 撫でていいですか?」 「仕事中は駄目だよー」 「……これって、別に働かなくても良かったのでは?」 「うーん耳が遠くなってしもたわい」  キッチンで今日の仕込みをする大山さんのとぼけた声が聞こえてくる。純粋な瞳をした詐欺師に騙されたと思ったが、確かにいつでも撫でさせてあげるなんて文言は言ってなかった。間近で観察するだけでも幸せなので文句も無い。後で交渉はしてみるが。 「深川くん、餌やり終わったら肩揉んでー」 「雑用が過ぎませんか?」 「仕事終わったら猫の撫で方教えるからさ」  餌袋を棚に戻し、仕方なく肘で肩をグリグリと押し込んでやると気持ち良さそうにニャーと声を漏らしていた。猫よりも猫らしい鳴き声で一瞬笑いそうになった。  窓の外では天気雨が降っていて、黒雲が向こう側からこっちにやって来ていた。猫は雨の日に良く寝ると友達は言っていたが、店内にいる三匹の猫はあまり眠くなさそうだった。店主の快活な性格が移ったのかもしれない。 「眠くなってきた……働きたくない!」  眼鏡を外して欠伸をする姿が何処か猫らしかった。この店の中で一番の猫は大山さんなのかもしれない。当然本人には伝えないが、内心で猫山さんと呼ぶ事にした。 「猫山さん、猫ちゃんのケージ開けますね」 「うんいいよー。……猫山さん?」 「あー耳が遠くなっちゃったー」  ……心の中で猫山さんと呼ぶのは止める事にした。思わず口に出してしまった事を反省しながら開店時間を二人で待った。猫の匂いに包まれながらゆっくりと時間は流れて、淑やかな幸せを感じた。
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