文化猫

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「みんなこっちにおいで!」  閉店後、猫じゃらしを持って寝転んだ大山さんが三匹の猫にもみくちゃにされていた。信頼関係と絆を見れて心が綻び、いつか僕もこの領域に行きたいなと思った。猫から寄ってくるなんて幸せがオーバーヒートしてしまう。羨ましい。 「どう? アルバイトの感想は?」 「色々と慣れない事もあるけど、楽しいです」 「なら良かった。本当にね」  開店時間が来るまでの雑談で知った事だが、大山さんは二十五歳でこの店を立ち上げて、二ヶ月前に一周年を迎えたらしい。  店名の由来は猫は世界文化遺産に登録出来る位可愛いからという理由と、猫と戯れるという文化を手軽に実現したいという思いからと聞いて、大山さんの猫への深い愛情を実感した。 「撫で方のコツ教えようか?」 「教わりたいのは山々なんですけど……」  僕が手を伸ばすと大山さんの周りでじゃれていた猫達は蜘蛛の子を散らす様に逃げてしまった。待っても近づいても猫が寄ってこないのは、もう何か一種の呪いにでもかかっているのではないかと勘繰ってしまう。 「うーん。これはもう慣れ次第かなあ」 「慣れですか?」 「一緒に過ごしてゆっくりと関係を構築していくしかないね。物で釣るのは嫌って言ってたし」  僕が一歩離れると猫達はまた大山さんに近付き、今度は舌で顔をペロペロと舐める猫もいた。 「撫でられるまでここにいるんでしょ? じゃあもっと私達仲良くなれるね」 「……猫を撫でれたら、すぐに辞めますから!」  何処か含みを持った言葉に、僕はアルバイトを始める前に提示した前提条件を口に出すが、大山さんは微笑みながら猫の手と戯れていて話を聞いていなかった。  もし本当に猫に触れる様になれたら、僕は後腐れなく辞められるだろうか。そんな問いを胸に秘めたまま、半月と猫だけが僕達の様子を眺めていた。
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