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アルバイトを続けていく内に様々な変化があった。観葉植物の名前を八割方覚え、常連客の顔もある程度思い出せる様になっていた。二人の新しいアルバイトがやって来て僕は一応職場の先輩として業務を教えた。二人とも僕より年上で物腰が柔らかく、助けられる事もよくあった。
夏休みの宿題を文化猫に持ち込んで休憩時間に取り組んでいると、隣でミルクティーを飲用している大山さんがわざと間違った答えを教えてきて、丸つけ中に気付いた時には仕事場に戻っていた。
「夏休み、終わっちゃうねえ」
花火大会が開催された時、僕達は店で遠目から見える閃光を浴びていた。猫達が驚かない様にケージに隠して、微かに聞こえてくる音に耳を澄ませながら。
「まだ成功してないんで働きますけどね」
「……別にこのままでもいいんだけどなあ」
「なんか言いましたか?」
「可哀想って言ったんだよ」
哀れみの目を向けてくるが、実は少しずつ猫と足並みが揃っている様な感覚はあった。パーソナルスペースの許容範囲が狭くなり、触れられないにしても確実に以前より距離は近付いていた。
この店を辞める時も近いかなとその時は思っていたが、猫を撫でられる千載一遇のチャンスがやって来たのは二ヶ月と三週間後の、街路樹の葉の先端が紅葉を始める時分の頃だった。
その日の仕事を終え帰路に着こうとドアを開けた時、薄暗闇の向こう側の生垣で何かが蠢いているのを見つけた。じっと観察してみると、猫の背中が少しだけ出てきて、そのまま近付けば捕まえられそうだった。
足音と呼吸を殺して、一歩ずつ確実に。
目が暗闇に慣れてくると、その背中が見覚えのある、あの日触りたかった三毛猫だと気付いた。吐息に白が混ざり、喉が震える。
「あっ……」
腕を伸ばせば届く距離になった時に何故か頭の中で考えたのは、明後日の餌やりの事と大山さんの顔だった。居心地が良くて、ずっとこのままが良いななんて、そんな馬鹿みたいな事を思ってしまった。
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