私の恋が巻き起こした結末②

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私の恋が巻き起こした結末②

今日、夫は帰って来ないらしい。 いいえ。 今日も夫は帰って来ないのだ。 仕事だ、出張だ、忙しいんだと、決まり文句みたいな単語しか言わないけれど、それが嘘なのを私は知っている。 知っていながら、そうなのね、身体に気を付けて、あまり無理しないでよ、なんて夫を労わる健気な妻を演じる私も嘘に塗れていた。 バカらしい三文芝居。 微笑みの裏で互いを欺く行為に慣れたのは、いつの頃からだったか。 覚えていない過去のことを考えても意味がない。それよりも、これから会う彼との素敵な時間を思う方がよほど有意義だろう。 彼がいなければ、今の私はいなかった。 彼が全てを話してくれたから、あの苦しく、辛く、地獄のようにもがいていた日常におさらば出来たのだ。 ストレスフリー。 抱えていた悩みが吹っ切れると、こんなにも楽に息が出来ることを知った。 世間は色付いていて、華やかである事に気付かされた。 なんて勿体ないことをしていたのだろう。 窮屈で狭い中でしか物事を見れなかった自分が滑稽だ。あの頃の私は、ないものねだりで癇癪を起こす子供だったと思う。 愛されていると勘違いしていた。  結婚したんだから。 それなりの情があったのだと信じていたのに。 あいつが君を選んだのは金だよ。 その証拠に、あいつはまだ彼女と切れてない。 夫の親友である彼が語った真実。 最初は怒ったわ。 冗談でもやめて、と。 けれど、彼に指定された日時に半信半疑で赴けば、夫と別れたはずの元カノが二人きりで飲んでいたのよ。 雰囲気の良いおしゃれなバーで。 それはそれは楽しそうに微笑み合いながら。 夫は私に、今日は大事な接待がある、と言ってなかったっけ。 元カノを接待する仕事って何なのかしら。 お酒を飲むこと? 愛の語らい? それとも、濃密な夜の関係だったりするの? ふ、ふふふ。はは、あははは。 嬉しくもないのに笑いが込み上げる。 うっかり想像した絡み合う二人の姿。 最初から裏切られていたのに、素っ気ない夫と距離を縮めようと足掻いていた自分の、なんと惨めなことか。 夫は私と付き合う前に彼女がいた。 知っていたわ。 父の会社の社員同士のことだもの。 それでも、恋を諦められなかった私は、父に頼んで彼とのお見合いをセッティングしてもらったのよ。 断れないことを承知の上で口説いたわ。 一人娘の私と結婚すれば将来は安泰。 役員にもなれるし、時期が来れば社長だって夢じゃない。 私を選べばお得な特典が何の苦労もなく手に入ることを囁き続けた。 そうして手に入れた妻の座。 彼女に悪いとは思わなかった。 だって私は、持てる力の全てを使ってでも欲しかったもの。本気で愛していたから。 卑怯だとか、浅ましいとか、そんな評価をされても彼女の地位にいた女から奪うには、なりふり構っていられない。 略奪上等よ。 繋ぎ止めれなかった方が悪いのよ。 そう、ずっとずっと思っていたのに。 奪ったつもりになっていた。 妻になったからと、安心して油断していた。 これは私の落ち度、いいえ。 最初から夫は私を選んでいなかった。 私についてくる付属に目が眩んだだけで、私自身を選んだわけじゃない。 付属を手にして愛も手にした夫が一枚上手だっただけの話しで、騙されていたのに書類上の妻の立場に有頂天になっていた私がマヌケだったってこと。 本当に夫の親友である彼には感謝しかないわ。 愛されてもいないのに、略奪者という不名誉なレッテルだけを夫は私にくれた。 性根の腐り具合で言うならば、権力で夫を手にした私といい勝負だと思わない? お似合いの夫婦よね。 ちっとも嬉しくないけれど。 別れないんですか? 会えば彼は何度も聞いてくる。 ショッピング中でも、ロマンティックな夜景をうっとり眺めている時でも、甘い吐息で口付けを交わし合う時でも。 別れないわ。絶対に。 なぜ? 切なく目を細める彼を見つめた。 夫の秘密を暴露したのは私が好きだから。 大事にされているなら諦められたのに、と暴露と一緒に告白してきた彼には悪いけど。 私という障害がなくなれば夫は何の痛手もなく彼女を妻にすることが出来るじゃない。 夫は役員に昇進している。 縁故だとしても部下や取引先の信頼も厚いわ。 つまり私は別れたら、夫に箔をつけグレードアップさせてから恋敵に送ってあげるという、とんだお人よしってことになるわ。 嫌よ。 そんなのバカ丸出しじゃない。 これ以上、不名誉な陰口は要らないのよ。 私の矜持が許さないわ。 じゃあ、もうあいつを愛してない? それこそ愚問よ。 夫を愛していたら貴方に抱かれたりしない。 二人きりで会ったりしないわ。 こう見えて私は一途な女なの。 私を好きにしていいのは、私を裏切らない男。 私を選び、愛し、私だけを見てくれる貴方以外どうでもいい。 ということは、君は俺が好きなんだ。 ええ、そうよ。 親友より私を選んだ貴方が好き。 容赦なく辛い現実を突き付けた酷い貴方が好きだわ。 え、それって喜んでいいのかな。 どうかしら。 好きでも未来はあげれないもの。 愛だけじゃ嫌だと言うならこの関係は終わり。 もう二度と二人きりでは会わないわ。 君がいいなら、それでもいいさ。 バカね。 バカは君だよ。 せっかく俺が証拠を集めたのに夫の不貞を見過ごすんだから。 捻くれてるから裏で報復するのよ。 違うだろ。 愛に忠実に全力で挑んだ君は真っ直ぐだ。 見る目はないけれどね。 愛し合う二人の仲を引き裂いたと思わないの? 思わない。 愛を裏切り良い条件に流されたあいつが悪いんだから。 彼は私を救う天才だと思う。 私の立ち位置はどう考えても悪役だ。 夫に対しても彼女に対しても彼に対しても。 離婚した方がいいに決まってる。 矜持に固執するなんてつまらない意地だ。 不誠実な夫など、さっさと過去にするべきだ。 分かっているのに。 俺を選べと言って欲しい。 強引に攫って欲しい。 何かと理由をつけて、彼からのアクションを待っている私は、夫に付けられた傷がまだ癒えていなかった。 私からは無理。 この関係が精一杯。 虚勢を張って内心を隠さないと、また不幸になるかもしれないもの。 私が選んだからこうなった。 私が望んで動いた結果がこの末路。 選ばれなかった事実は、裏切りは、消せない棘となって刺さり続けている。 心の深い部分にジクジクと、重苦しい痛みとなって責め苛んでくる。 私の傷が癒えるのが先か、貴方の愛が冷めるのが先か、分からないけど。 今だけは、真綿で包むような優しい愛に満たされていたい。
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