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私が悪いのですか? ①
三年経ったら迎えに来るから。
王都で一緒に暮らそう。
これは、口下手で照れ屋な彼が、見習い騎士として王都に旅立つ直前、私に約束してくれたことだった。
あれから三年半が経ち、未だ彼は私を迎えに来てくれない。
故郷の村を離れて知り合いも頼る相手もいない中、孤軍奮闘で頑張っている事を思えば、催促するような手紙は書けなかった。
負担になりたくないから。
信じているから。
けれど、私も適齢期を過ぎた二十二歳。
同い年の村の女の子は皆結婚して、子供にも恵まれて、日々忙しいけれど幸せな家庭を築いている。
最初は遠距離を応援してくれていた互いの両親も、村の皆も、約束の期限が過ぎた今、苦々しい顔付きで、もうあいつのことは忘れろ、お前を大切にしてくれる相手と所帯を持て、と行き遅れの私に縁談を勧めるようになっていた。
近況を知らせる彼から手紙がこの一年、全くないのも追い討ちをかけている。
このまま村にいたら、遠からず彼以外の人と結婚させられるだろう。
閉鎖的な村で独身を貫く若い女はいない。
物理的に無理なのだ。
農作業や家畜の世話、家の修理や共同井戸から汲み上げる水など、暮らしに必要なものを一人で賄うことは出来ない。
まだ両親がいるからいいけれど、年齢的な順番で言えばいつか私は一人になってしまう。
その時に伴侶がいなかったら、いくら助け合いだとしても村のお荷物として肩身の狭い思いをするのは目に見えていた。
迷惑をかけたくない。
心配もかけたくない。
だけど、幼い頃からずっと夢見て来た彼との結婚を諦められなくて。
だって言われていないもの。
決定的な別れの言葉や、約束を守れなかった理由を聞いていない。
せめてそれさえあれば、私も長年の想いにケリをつけて前を向けるだろう。
私は充分待った。
もう待つのはやめる。
彼が迎えに来ないなら私が会いに行けばいい。
たとえそれが、交わることのない未来になるとしても。
初めての王都はどこもかしこも人で溢れていた。村と違って華やかで、活気に満ちていて、女も男も洗練された洒落た格好で、飾り気のない木綿のワンピースを着た私は、どこから見ても田舎者丸出しだった。
場違い。
気後れしそうになる気持ちを奮い立たせ、彼の勤める騎士団に到着した。
詰め所で彼の名前と私の立場を伝えるも、受付の厳しいおじさんはフンッと鼻を鳴らし、
婚約者? あんたがか?
あのなお嬢さん、身の程って言葉分かるか?
あからさまに侮蔑の視線を向けてくる。
言いたくなる気持ちは理解できた。
ここに来るまで目にした、道端で小銭を恵んで貰っていた無職のおじさんの方が、よほど小綺麗な格好をしていただろう。
お金の関係でお風呂のある宿には泊まれなかった。5日の旅で染み付いた汗や埃は落とせていないし、くたびれてもいる。
身なりも顔も酷いことになっているのは、通り過ぎ様に笑われることで気付いていたが、どうしようもなかった。
受付のおじさんは嫌そうに眉を顰めている。
けれど、取り次いでもらわなければ王都に来た意味がない。
必死で用件が済めばすぐ立ち去ると告げても、首を横に振るだけで彼を呼んでくれなかった。
それどころか、
お嬢さん、街の巡回の時に見初めたのかもしれないがな、親族や恋人を偽って押しかけるバカは多いんだ。
だから面倒事が起きないよう騎士自ら面会を許可する人の名は、こちらで把握している。
残念だが君の名前はない。
そういうことだ。
と、痛い現実を突き付けられた。
これ以上の問答は無駄だと諭されたら、大人しく引き下がるしかない。
詰め所を出て、呆然とふらふら通りを歩く。
彼が私の事を申告しなかったのは、私が村を出る予定がなかったからだと思いたい。
ここまで来たのに、あと一歩及ばなかった。
悔しさが込み上げる。
これからどうしよう。
村に帰るしかないのかな。
疲労と焦燥と八方塞がりな状況に頭を抱える。
いっぱいいっぱいな思考に囚われていたから、前をよく見ていなかった。
誰かにぶつかり、尻餅をつく。
悪い事に、跳ね返った泥水とじんわり臀部が冷える感触に、水たまりだと知れた。
ああ、なんて惨めなんだろう。
すみません、大丈夫ですか?
こちらを労わる声と、視界を塞ぐ大きな影に顔を上げれば、立派な隊服にいくつもメダルをつけた男性が手を差し出していた。
その手の平をジッとみる。
指の付け根が硬く盛り上がっているけれど、大きくて綺麗な手だった。
取れるはずもない。汚してしまう。
一人で立とうとしたら、男性は泥水がつくのも構わず私を抱き上げると、スタスタとどこかに歩いていく。
どこかと思ったら、私が先程追い返された騎士団の詰め所に着いていて、目を丸くする受付のおじさんの前を通り過ぎていた。
どうやら青年は騎士団の人らしい。
それも、かなり上の立場の。
固辞する隙間もないほど、テキパキと私の事を女性隊員に指示してくれたおかげで、5日振りのお風呂と小洒落た新品のワンピースと今日の寝床を無料で提供されていた。
至れり尽くせり。
勝手にぶつかり跳ね飛ばされたのは私なのに、青年は俺のせいだと色々してくれた。
翌日お礼を言ったけど言葉だけじゃ私の気が済まない。
名乗りあったのをいいことに、村に帰った私は青年宛に感謝の礼状と、羊の乳で作ったチーズを送った。
そうして始まった青年とのやり取りは、気付けば一年になっていた。
私は相変わらず独り身だ。
あと一年だけ待って欲しいと両親を説得した期限が、もうすぐやって来る。
彼から連絡はない。帰っても来ない。
昔ほど辛くないのは、行動したことで踏ん切りがついたのかもしれないが、別の理由もあることは内緒にしている。
叶わない夢を見る歳は過ぎたのだ。
現実を受け入れるのも悪くない。
両親が勧める縁談を受ける覚悟は出来た。
後はそれを青年に告げて、未練を断ち切るだけ。
二ヶ月後、私が見合いを受ける前日、それは前触れもなく訪れた。
愛してるんだ。俺を選んでくれないか。
指輪を手にした青年が私の前で跪く。
奇跡が起きたんじゃないだろうか。
嬉しくて嬉しくて涙で前が見えないけれど、しっかりと「はい」と返事した。
返事した途端、嘘だろ?! と、色褪せた記憶の中の声がしたが、気のせいだと思う。
たとえ、青年の背後で従者の如く控えていた騎士の一人に、懐かしい彼の姿を見つけたとしても。
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