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俺が悪いってのかよ?①
強い人ってカッコいいね。
目をキラキラさせた幼馴染の彼女が、よくある冒険譚の絵本を読んだ後で言った。
女の子なら剣を振り回す騎士よりも、白馬に乗った王子様を選ぶのが普通なのに。
彼女は弱っちい優男よりも、悪い奴や魔獣を成敗する勇猛果敢な男が好みらしい。
だって似てるでしょ。
ふふふ、と俺と絵本の騎士を見比べている。
単純だけど、彼女のこのひと言で騎士になろうと決意したんだ。
田舎の平和な村では騎士になる手立てがない。
鍛錬は自己流。
体力作りと木の枝を剣に見立てて振り回す日々。
それでもいつかは、と夢を見て、王都で入団試験を受ける年齢に達した時、一にもニにもなくチャレンジした。
合格の通知を受け取った瞬間、腹の底から歓喜の雄叫びを上げたのは当たり前のことだと思う。
騎士になれる。
いや、なれたんだ。
夢が叶った俺は、もう一つの夢を叶えるため迷わず彼女にプロポーズした。
閉鎖的で何の面白味もない村に未練はない。
心残りがあるとするならば、小さい頃から大事に大切に愛を育んで来た彼女のことだけだ。
連れて行くことも考えた。
だけど、俺だって初めての場だ。
仕事にも慣れなきゃいけないし、自分自身のことで精一杯になるだろう。
そんな環境で一人彼女を残すより、慣れた村で待って貰う方がいい。
だから三年後。
俺に余裕が出来るまで。
仕事に慣れ、都会に慣れ、給金もしっかり稼いで金銭的にも精神的にも彼女を支えれる立派な男になってから。
結婚しよう。
迎えに来るから待っててくれ。
頷いた彼女を思い切り抱きしめる。
暫しの別れにこの温もりを忘れないように。
最初の数ヶ月は血反吐に塗れるほど大変な訓練の毎日だった。
自己流しか知らない俺は、本格的な騎士の鍛錬について行くのがやっとの有様だ。
正直今すぐ逃げ帰りたい心境だったけど、そんな事など手紙に書けるわけもなく。
万事順調と嘯いて、彼女からの返信を唯一の拠り所に頑張った。
こうして新人騎士のふるいかけ猛特訓を乗り越え、騎士としての業務が始まれば、時間の経過と共に俺の心身も王都に染まっていく。
先輩騎士が連れて行ってくれるオシャレな飲み屋や、二次会三次会と称した高級娼館。
初めは断っていたけれど、ノリが悪い、酒も女も慣れなきゃ王都民じゃねーぞ、と何度も言われれば、俺と同じく田舎出身の奴らは一人二人とついて行くようになる。
それに流された。
いや、そうするのが王都では当たり前で、当然だと思い込んでしまったのだ。
俺には彼女がいる。
将来を誓った婚約者が。
そんなもの、ここでは何の足枷にもならない。
既婚者でも羽目を外すし、気に入った女がいれば簡単に愛人として囲える。
何人もいることだって珍しくなかった。
騎士はモテる。
給金もいいし福利厚生も充実しているし、何より正義の味方という大義名分があった。
一般市民にしてみれば、魅力的な職業なんだろう。
王都に馴染んだ俺は女に困らなかった。
こちらがアプローチしなくても向こうから勝手にやって来る。
村ではお目にかかったことのない豊満な肉体の美人も、高貴な産まれの貴族の娘も、垢抜けた街娘も、よりどりみどり。
村にいた時を思えば天と地の差があった。
乖離が酷くて目眩がするほどに。
純朴で遊びを知らなかった俺は、道を踏み外すには充分な誘惑に呆気なく落ちていた。
楽しい楽しい楽しい。
チヤホヤされて気分がいい。
ついでに気持ちの良いことまで何の苦労もなくついてくるなんて、ここは天国なんだろうか。
調子に乗っていた自覚はある。
同期の田舎出身者の中で、誰が一番女にモテるか、週のうち何回ヤレたか下世話な賭けをしたり、互いにヤッた女を交換したり、果ては乱交にも及んでバカみたいにはしゃぎまくっていた。
王都出身の奴らが白い目で俺らを見てることにも気付かずに。
最近、素行の悪い者がいるようだ。
規律を乱し、業務を疎かにする者もいる。
皆、気を引き締めるようにしてくれ。
朝礼で団長から苦言が呈された。
団長は高位貴族出身のエリートだけど、伯爵だか侯爵だかの三男坊で継ぐ家はない。
騎士爵は持っているらしいが、団長の座もそれも俺から見ればコネにしか見えなかった。
いいよな。
産まれが貴族ってだけで優遇されて。
王都で育った奴らもそうだ。
何かしらの恩恵は受けているだろう。
後ろ盾も縁故もない田舎出身者は皆そう言っているし、実際そうだと俺も思う。
模擬戦で俺に負けた同期は王都出身者。
平民だけど、弱いくせに俺より出世している。
理不尽だし納得がいかない。
田舎出身者が遊びに興じてしまうのも、腕っぷしがあっても評価されないことが腐る原因になっていることを、団長も王都出身者も分かっていないだろう。
騎士団は実力主義を掲げている。
だけど内情は田舎出身者を差別しているのだ。
この現実は、俺のやる気にも影響し、最近では朝練などの自主鍛錬にも行かなくなっていた。
剣を極めても振るう機会は滅多にない。
この国は平和で他国とのいざこざや戦争もないし、王都で起こる犯罪も軽微なものばかり。
街の治安は巡回で事足りる。
そういう事も含めて、どんどん騎士という職業が俺の中で色褪せてしまったのだ。
門限を無視して朝帰りした日、運の悪いことに詰め所で団長と鉢合わせた。
小言を言われると思いきや、妙な呟きを吐いてさっさと奥の部屋に引っ込んで行く。
俺も人の事を言えなかったようだ。
心技体揃ってこそ騎士なのに。
咄嗟に庇えなかったよ。まだまだだな。
何アレ?
受付の中年騎士に聞けば、どうやら団長が街で若い女を転ばせたらしい。
ターシャって名前の子だ。知ってるか。
まだ酒が抜けていないのか、懐かしい名前を聞いた気がしたけれど、同名の奴なんてこの広い王都にはいくらでもいるだろう。
知らね、と素っ気なく返して俺も自室に引っ込んだ。
この時に、よく考えていれば良かったんだ。
名前で、手紙を書かなくなったことや、送られてくるものを封も開けず放置していた事に、どうして気が向けれなかったのか。
気付いていたら、約束の期限が過ぎている事を思い出していたはずだ。
団長と親密になっていく過程もなかったはずなのに。
俺は王都で身を持ち崩した。
それをまざまざと思い知らされたのは、故郷への道案内を団長から頼まれて、ターシャへの求婚に一役買ったことを見せつけられた時だ。
俺がするはずだったこと。
俺のものになるはずだったターシャは、俺の前で違う男の手を取っていた。
後悔しても遅い。
入る隙間がないほど二人が想い合っていることに打ちのめされる。
その後、俺は騎士を辞めた。
二人の事を聞きたくなかったから。
ああ、この世界に神がいるならば、どうか時間を巻き戻して欲しい。
次は絶対に間違えない。次こそは必ず。
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