俺が悪いってのかよ?②

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俺が悪いってのかよ?②

恐ろしいことが起きた。 いや、起きていたことを今日知ったのだ。 俺は魅了という奇怪な魔術に操られていた。 操っていたのは、妻の座に収まった平民の女。 学園でマナーのなっていない令嬢だと嫌悪していたが、奇怪な魔術のせいで長年の婚約者に捏造した罪を被せて婚約破棄したあげく、心身共に惨たらしくなぶり、一生歩けない傷を負わせたのだ。 愛していたのに。 唯一の人だったのに。 この国に魔術なんてものはない。 魅了が発覚したのは、王太子殿下、つまり俺の事だが、の成婚一周年を記念したパーティーに余興として呼んでいた旅一座の中に、聖女の血を引く娘がいたおかげだった。 不敬を承知で失礼します。 殿下の両目に呪いの痕跡が見えました。 浄化しても宜しいですか? 踊りながら不自然にならない程度で近付いてきた娘に、そう耳打ちされた。 驚きと怒り。 祝いの席でなんたる不吉なことを。 兵を呼ぼうとしたけれど、このところ妙な悪夢に魘されていたこともあり、咄嗟の反応で頷いていた。 ダメで元々。 吉凶を占うようなもの。 せっかく祝いを台無しにしたくもない。 好きにしろ、と言ったら娘はいきなり俺に唾を吐きかけてきた。 不敬も甚だしい。 叩っ斬られてもおかしくない暴挙。 捕えろ! と声を張る前に、娘がまた俺の耳に囁いたのだ。 お静かに。 私は聖女の血を引く女。 聖女の体液は浄化効果に優れています。 まさかここで血を流すわけにも情交を始めることも出来ませんので、唾液を使わせ頂きました。 な、なるほど? 真摯な眼差しと申し訳なさそうに恐縮する娘の顔に、嘘は見えない。 好きにしろ、と言ったのは俺だ。 娘はそれを実行したまで。 納得するにはなかなか苦しい暴挙だが、飲み難いものを無理やり飲み込んで、良い、と赦しを与えれば、 浄化はまだ終わっていません。 呪いはしつこくこびり付いております。 もしよければですが、この宴が終わったあと時間を頂けますでしょうか。 と、たまげる事を言う。 まだってことは、もう一度唾を受けろと? あり得ない。 一回でも許し難いのに二回は無理だ。 時間は取る。 ただし、浄化の方法は別の手段だ。 と固く固く決意して、妻には内緒で用意していた客室に娘を迎え入れた。 そこで今回の呪いが魅了だと知った。 かけた相手が誰かもだ。   ボンクラ、いえ、聡明と名高い殿下です。 魅了じゃなければ婚約者を蔑ろにしたり、阿婆擦れ、こほん、無礼な平民によろめくはずがございません。 聖女とは何でも分かるらしい。 確かに最初は嫌悪感があったんだ。 なのに、気付いたら貴族令嬢にない奔放な態度を好ましく思っていた。 素直で可愛いな、と。 全て魅了のせいです。 あの阿婆擦れ、んんん、平民が淑女の鏡と謳われる素晴らしい方より優れているなんて、呪いでパーになってなければ言えないことです。 うんうん。 婚約者だった令嬢は宰相の娘だ。 凛とした佇まいの誇り高き公爵家の娘。 頭も良くて皆に慕われていて、自慢の愛しい女だったんだよ。 それがフラッと色香に惑わされたせい、あ、いや魅了だな。魅了だったな。 平民が妃殿下など務まらないのは当然のこと。 そこを権力に目が眩んだ卑しい女が身体で、おっほん、魅了という呪いで殿下を籠絡したのです。 恐ろしいことだ。 しかもその呪いは解けていない。 唾液も血もごめんだ。 残る最後の手段でさっさと解くがいい。赦す。 許可を与えれば、娘は服を脱ぎ去った。 そして、獣のように何度も何度も交わった。 呪いは強固に絡みついているらしく、毎晩励まねばならない。 避妊はしなかった。 したら効果がないので中で果てる、果てる、果てまくる。 半年後、ようやく魅了は解消されたが、娘は懐妊し妻だった女は精神を病んでいた。 呪い返しの反動だ。 本当は王族への不敬で死罪は免れないが、娘が充分罰になったと言うので生涯幽閉処分で済ました。 娘は情け深い。 だから聖女なのだろう。 全てが片付き父にこの件を報告すると、父は激怒し心労で倒れた。 母は頭を抱え、一度ならず二度も騙されるとは、と悲嘆にくれる始末。 混迷を極める中、宰相までが辞表を出すので話し合いの場を持てば、 殿下。 責任転嫁という言葉を知っていますか? 人は間違えます。 若いから色欲に溺れもしましょう。 我が娘が疎ましくなったなら正直に言えば良かったのです。冤罪など被せず、ありもしない罰で痛めつけたりせずに。 な、な、な、何を……アレは魅了のせいで。 魅了? ハハ、妙な空想物を読み過ぎですな。 そんなものありません。 聖女って言うのも同じくですよ? えっ?! だ、だがあの娘が。 旅一座の娘なら私が雇った娼婦です。 度胸と口の上手さと手管は最高でしょう? 殿下、私は娘への仕打ちでとうの昔に殿下を見捨てております。しかしながら、元凶の女にも娘と同じ屈辱を味わって頂かないと腹の虫が収まらなくてね。 策略がこうも簡単に行くとは思いませんでしたが、成果は上々で嬉しい限りですよ。 宰相の満面の笑みに背筋が凍った。 あの捏造した断罪劇のあとも、文句一つ言わずにいたのに。 やり過ぎた罪悪感で一応見舞金は渡したが、倍以上の金額となって帰って来ていた。 不思議に思っていたが……謝罪すらさせて貰えぬほど怒っていたのか。 倍の金は手切れ金か嫌味だろう。 ああ、それよりもだ。 宰相の話しが本当なら、俺はただの心変わりを他人のせいにしたクズじゃないか。 心変わりして妻に選んだ女も、騙されたとはいえ前回と同じく冤罪を被せて精神を壊し幽閉している。 外道であり鬼畜の所業。 これが国を率いる王になる男の仕業。 嘘だ。 まさか。 認められない。 殿下。 お話しが以上ならもうお暇しても? 殿下の顔を見ていると殴りたくてたまりませんので、そろそろ辞去したいのですが。 どんな人にも我慢の限界ってものがあるんでね。あ、言い忘れておりましたが、勝手ながら平民女と殿下の離縁は議会で成立させておきました。そして正妻候補には殿下の大切なお子を孕んだ娼婦を推薦したので、間もなく了承を得られるはずですよ。 良かったですね。お幸せに。 ま、幸せになれるものなら、ですが。
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