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男運がない ①
友達が言うには、私に男運はないらしい。
クズホイホイ、クズにたかられる女、クズ限定のフェロモンが出ているなどと、言いたい放題言われていたけれど。
まさにその通り! と言わざるを得ない修羅場を迎えていた。
返せクソ女!!
憂鬱な月曜日。
会社から帰宅したら、家の前で待ち構えていた知らない女に頬を叩かれた。
ふざけんじゃないわよぅぅぅ!!
顔を腫らした火曜日。
これまた会社から帰宅したら、これまた知らない女に反対の頬を殴られる。
このメスブタァァァーー!!
両頬を腫らした水曜日。
前日前々日を彷彿とさせることが起きた。
流石に3回目3人目ともなれば学習する。
しかし敵は私より賢かったようだ。
振りかぶる手を避けたら顎に頭突きが来た。
何という不意打ち。
なにがなんでも暴力に打って出る気迫と根性に、執念かつ怨念を見た気がする。
…………。
見苦しい顔面になった悲しい木曜日。
もうないだろう。ないよね。ないはず。
自分を励しながら恐る恐る帰宅すれば。
いた。
無言で睨まれるのは罵倒よりキツイ。
精神に来る。こわぁぁぁぁぁ。
こちらの怯えを悟ったのか。
あっという間に距離を縮めて来た女の拳が額を直撃する。超痛い。ぐーで殴られた!!
ぷっ、やっぱりな。
額のデカいたんこぶを社内で笑われた金曜日。
4日間の災難を招いた張本人がニヤけた面で家の前で待っていた。
人は彼をジゴロと呼ぶ。
顔面偏差値は激高だ。
小さい頃からその強みを最大限に生かし、あざとくも計算高く老若男女を虜にしてきた。
そして成人した今は天性の女たらしとして、二股三股は朝飯前の最低男に成り下がっている。
今回は四股だ。
滅びるがいい。
口を開いたら怒声を張り上げる自信がある為、顎クイで中に入れと指示をする。
一人暮らしのワンルーム。
ドアを閉めた瞬間、腹減った何か作ってー、と甘えた呑気な声がした。
貴様に食わす飯などない! と言いたいけれど、こんな男でも私の可愛い弟だ。
義理だけど7歳の頃から20年も姉をやっていたら、おねだりに素直に反応してしまう。
嫌な悪癖だ。
ちなみにこの義弟にも悪癖があった。
手を切りたい女に私を本命と偽り、人をスケープゴードにする大変迷惑な悪癖だ。
それが今回の騒動である。
本人不在の修羅場なんて都合が良すぎるだろう。
顔面天使だが中身は悪魔。
学生時代も今回と同じような事は何度もあった。その度に義弟だと伝えたが、これは言ってはいけない真実だったらしい。
言えば言うほど、禁断の恋というワードが独り歩きして、義弟と違って顔面偏差値が標準以下の私に彼氏が出来ない、という被害が出ただけだった。
稀に告白されることはあっても、義弟と乳繰り合う女として欲の孕んだ目で見られる。
好きというより、簡単にヤレる、と思われているのが何より辛かった。
友達から言われる男運ない、クズ限定と言わしめる所以は、ここから来ている。
その代表格が義弟ということも勿論知っているし、何なら本人だって知っていた。
光栄だ、なんて笑っているけれど。
意味わかってる?
褒め言葉じゃないからね。
腹ごしらえを終えた義弟は、私が食器を洗っている間にシャワーを浴びていた。
なんて自由なのか。
ここ、私の家なんだけど。
家人に断りもなく我が物顔で振る舞えるのは義理でも姉弟だからだろうか。
何となくモヤッとする。
モヤモヤしながら、タオルー、前に置いて行ったスウェット出してー、と叫ぶ義弟の言いなりになってしまうのは、やはり長年の染み付いた悪癖によるもので。
どうしようないな、とため息が出る。
泊まっていいよね?
勝手に風呂に入って部屋着装備してるのに何を言ってやがる。
ハナから泊まる気満々のくせして、お伺いを立ててくるいやらしさ。
義弟はこんな感じで女を丸め込んでいるのだろう。強引なのに相手の同意を求める狡猾さに脱帽する。
いいけど、ベッドは一つしかないよ。
分かってる。
元気よく返事があったけど。
分かってないと思う。
義理云々以前に、成人した姉弟が一つのベッドで寝ることってあるのかな。
あったとしても、シングルベッドに大人2人はキツイって。落ちるか落とすかだ。
身長や体格で考えれば私がソファで寝る一択だろう。犬猫のように丸まれば寝れないこともない。
なんて考えていたけれど、義弟は一向に寝る気配はなく、買い置きしていたビールを飲みながら、仕事の愚痴や日々の何気ないことを一方的に喋っている。
話し相手が欲しかったんだろうか。
明日休みだからいいけれど、時計の針は既に深夜2時半を指している。
眠たくなってきた。
義弟の声が途切れ途切れ、意識がたまにどこかに飛んで、ああそう言えばまだ謝罪を聞いてないとか、部屋に入るまで燃えていた怒りを言ってないとか、思考がごちゃごちゃだ。
ごちゃごちゃしてるけど、耳に入る義弟の声音はずっと上擦っている。
培ってきた付き合いで分かってしまう。
義弟はこんな事が話したいわけじゃない。
眠気に抗っていたのは、真に話すべきもののタイミングを測っている義弟を待っていたから。
焦らないでいいよ。
言えるときに言えばいいよ。
………んだ。
え、ごめん、なんて?
小さくて聞こえなかった。もう一度言って?
待つと言いながら欲求に流されていた。
目を開けることも言葉にすることも出来ないけれど、耳に意識を傾けた。
結婚したい人が出来たんだ。
今まで遊んだ女をねーちゃんに押し付けて悪かったけど、やっぱ本命は大事にしたいって言うかさ。
分かってくれるだろ? 俺の気持ち。
もう遊んだ女が突撃するとかないから。
安心してくれよな。
へへっと照れ臭そうな笑い声がした。
もう眠気はない。
吹き飛んでいた。
鼻の奥がツンと痛くなる。
義弟のおねだりに弱いのも、甘えた顔に全てを許してしまうのも、義弟という枠からはみ出た感情がそうさせていた。
禁断の恋ってやつは当たっている。
初めて会った時から目を奪われた。
不毛で、絶対に叶わないのに、ずっとずっと私が抱えていたもの。抱え続けていたもの。
嘘でも嬉しかったのだ。
スケープゴードだとしても義弟は私を本命だと言っている。甘えて頼ってくれる。必要としている。
もうそれはなくなってしまった。
一方通行の恋は堰き止められてしまった。
強制終了だ。
義弟によって。
幸せそうで何よりだ。
ねーちゃんも嬉しいよ。
ただ今日は、寝たフリしてもいいかな。
目を開けると泣いちゃうから。
声を出すと嗚咽が漏れるから。
明日になれば、本当の姉として祝福するよ。
たぶん。
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