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「はあっはっはっははは!!!」  地面に座ったまま、土塗れのヨウは力の限り叫ぶと、後ろ手に繋がれたまま立ち上がって笑い出した。富吉はヨウの姿を見て、一緒になって笑い出した。二人の大きな笑い声が、地面に這っている泣き声から抜け出して竜巻となり空高く響き渡る。  カロン提督は、バタヴィアの、日本の、濡れた怨念の血が恐ろしくなった。銃殺で一息に殺すのでは足りない。そして土人たちに阿蘭陀人の力を見せつけるべきだと考えた。  馬上からカロンが役人に指示を出した。役人たちは首謀者エルヴィンの手足を其々四頭の馬に括り付けた。そして一人の役人が掛け声をかけると、馬は一斉に違う方向に走り出した。たわんでいた縄はすぐにぴんと張り、四方に伸びた。  四肢は、当然、其々四方に馬の力で引っ張られた。鞭を食らった馬たちは、獣の力で前に歩を進め、大の字に伸びた富吉は呻き声を上げる。鞭を受けた馬たちは更に前進を続け、鈍い不気味な音と大量の血と共に、富吉の体は胴体から二つに裂けた。  そして二本の手と足が千切れて四つになるまで、馬は歩みを緩めなかった。  役人たちは、富吉の四肢が括り付けられ引きずられたままの四頭の馬を元の場所に戻し、片方の腕に肩からくっついていた頭を首から切り落とした。生首は顎から頭頂まで槍で串刺しにされ、大きな体の阿蘭陀役人が高々と持ち上げた。そこには歓声も怒声もなく、何の音もない静かな空気が、重くその場の人々の頭上から肩にのしかかった。 「富吉!!」  重い空気を引き裂いて、ヨウの叫びが響き渡る。叫びが終わる前にヨウの可愛いらしかった顔にカロンの銃弾がめり込んでいった。顔は砕け散り、頭のない体だけになった後も、ヨウの叫びが辺りの人々の耳にべっとりと残っていた。 「ヨウ!!」  すると富吉の生首がヨウの名を叫ぶ。そこにいたバタヴィアの人々は恐怖で立ち竦んだ。腰を抜かして座り込む者もいる。 「ぎゃーーーー!!」  一人のバタヴィア人の悲鳴が、縮こまっていた空気をつんざくと、正気に戻った野次馬から恐ろしさのあまり一人二人と足早にその場を去り始めた。 「撃て!」  カロン提督の掛け声で、阿蘭陀兵たちの銃弾が一斉に生き残っていた仲間たち目掛けて撃ち込まれた。阿蘭陀兵たちは、その恐怖を振り解くように撃ち続けた。すべての命が、複数の銃弾で容易く散っていった。 「生首を、このタナアバン広場に晒せ。阿蘭陀がジャガタラに屈することなど未来永劫起こりはしない。国賊エルヴィン・フィーレンスに対する阿蘭陀人の憎しみの印として、いかなる日にも、ここに家を建て、草木を植えることを禁ずる。」  阿蘭陀の威厳を銃弾で保ったカロン提督は、そう叫ぶと広場をあとにした。手綱を握る彼の両手は震えていた。額から流れ落ちる汗の音が聞こえそうな静寂に、カロンを乗せた馬の蹄の音がゆっくりと小さくなっていった。  12人の大量の血を吸って赤黒くなった地面が、元の色に戻るには暫くの時間がかかった。しかし地面が元の土の色に戻っても、生首が女の名前を呼んだという話は、バタヴィア人たちの間でまだ語られていた。  富吉が処刑された場所はKampung Pecah Kulit(引き裂かれた皮)と呼ばれる通りになり、富吉の生首は、バタヴィアの中心地ジャカトラヴェグ地区のタナアバン広場の中心に、矢に刺されたまま地面に立てられている。    数羽の烏が突き始め、無数の黒い羽根で生首は見えないほどになった。やがて強い陽射しに晒され乾いた血は、富吉の髪を黒く固めた。顔という造形はもうない。血に塗れた頭蓋骨が黒になり果てる。烏も去り、野犬も静かに通り過ぎる。また変わらぬ熱い日が昇る。                                完
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