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 港には日本の着物を着た、日本人には見えない子供たちが、大勢乗船を待たされていた。母と引き離され泣き叫ぶ子供に、子を奪われ狂気に錯乱する母や、ただ茫然と死んだように船を見つめ続ける母たちが、港を地獄絵図に変え、生を彩っている。髪の色と瞳の色が、子らの行く末を導く。  ジャガタラ船は大きな帆船だった。港につけられた船を見上げ、ヨウは飲み込まれまいとイナの手を固く握った。イナはヨウの手を握り返し、 「お前は大丈夫だよ。」と奥歯を強く噛みしめた。 「母様・・どうかお達者で・・どうか・・」  もう二度と会うことのできないことが分かっている母娘は、体にも感じられるほどの引き裂かれる心の痛みにひたすらに耐えた。母と引き剝がされ、阿蘭陀の役人に小突かれるまま船に乗り込んだヨウの耳には、いつまでも母の泣き声が海風のように纏わりついた。  やがて目の前の阿鼻叫喚から色が抜け、音が消え、ヨウは砂のように無味乾燥の列に並び、凪の海を見ていた。役人は列になった子供たちを甲板から階下に連れて行った。背の高い役人が、屈んで進む暗く狭い空間に子供たちは入っていった。木材の隙間から階上の光が幾筋か差し込み、埃が舞っている。 「いいか、お前たちはバタヴィアに到着するまでここにいるんだ。」  役人は降りてきた梯子のような階段を窮屈そうに上がって行った。子供たちの泣き声は少し静かになると、またどこかから始まり、一日は止むことがなかった。ヨウは周りの子供たちに「大丈夫、大丈夫」と言い続けた。母様が自分に言っていたように、自分にも言い聞かせていたのかもしれない。
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