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――なんて、言えないよ。
ここはさっぱりと、あくまで青春の恋の清算であるのだという振りをしなければならない。全員のためにそうするべきなのだ。
「ありがとう。……じゃあ、わたしタクシーでこのまま宿に行くから。椿によろしくね」
「櫻子。ごめんな。ややこしい関係になっちゃって」
「ホントだよ」
「結婚式は年の瀬に小さくやりたいんだけど、櫻子も参列してくれる?」
「そりゃ新婦にとっちゃ唯一の肉親だからね」
「ありがとう」
会話の切れ目で、良すぎるほどのタイミングで、椿が「お待たせ~」とスニーカーをぱたぱたと言わせながら戻って来くるのを尻目に、わたしはタクシーに乗り込んだ。
「椿、今日はありがと。じゃあ――」と手を振り、わたしは付け加えた。
「またね」
「うん。ありがとう、お姉ちゃん。また来てね」
またね、椿。
さようなら、朔。
――好き。たぶん、ずっと好き。この先誰と出会っても、誰を愛しても、あなたのことが。
夜の蝉が鳴く。
古びた未練も夏の終わりにいなくなってしまったらいいのに、当分はしぶとく鳴きつづけそうだ。
こんな情けないわたしでも、いつか、あなた達の結婚を心から祝福できる日が訪れるだろうか。
いつか、朔じゃない誰かを愛せるだろうか。
腕時計の秒針がちくたくと刻む。
立ち止まったわたしの背中を、そうっと押してくれるみたいに。
了
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