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食事中は誰も喋らなかった。室内に流れるクラシック音楽がいくら沈黙を埋めようと、あまりにも気まずくて、小さなお肉の味がわかるはずもない。
腕時計が見つからなかった今、さっさと飛行機に乗り、自分の家に帰りたかった。
だけど、たぶん、彼らは、わたしから切り出してほしいのだ。
わたしに許してほしいのだ。
だんだん腹が立ってきた。
彼らは、なんて狡いんだろう? 厭味の一つでも言ってやりたいけれど、彼らの狡さを糾弾できるほど正しい人間でもないので、ぐっとこらえた。
ここはアルコールの勢いを拝借。
「……で、ふたりはいつから付き合い始めたの?」
「去年の、春頃、かな?」と椿が横目に朔を見た。
それに対して「たぶん」と朔が頷いた。
なによ、その曖昧な返事は。ていうかわたしと十年付き合って破局しておいて、一年ちょっとしか付き合っていない女と結婚するとは……って、ストップ。そんな愚痴は御法度だ。恋愛期間の長短は結婚の決め手とは別問題であると、大人なのだからわかっているでしょ。お願いだから拗ねないで――と己を宥める。
「どっちから?」
「一応俺、かな?」と今度は朔が苦笑まじりに椿を見た。
続けて「かもね」と椿も苦笑いをした。
一応というのは余計である。彼らの付き合いのスタートが曖昧に始まったことまで知りたくはなかった。訊いたわたしも悪かったけれど。
……そもそも、わたしを針のむしろに座らせるような食事会を開くなど、鬼の所業である。色ぼけして、のろけて、みじめなわたしに幸せを見せつけたいのじゃないの?
――ということは、もちろん言わない。大人なので。
わたしは努めてニッコリと微笑み、「ごちそうさまでした」とフォークを置いた。
疲労感がつま先から腰を通って首筋に巻き付いてぎゅっと喉をしめ、長いため息がでた。
ここは奢ってくれると言う朔に甘え、財布を出す素振りもせずにさっさと外に出て、思いっきり深呼吸。
昼間に暑すぎて活動できなかったのだろう蝉達の大合唱が夜空に響き渡る。わたしだって「バカヤロー」とか、「ふざけんな」とか、大声で叫びたい気分だ。
でも、本当に叫びたい言葉は決まっている。六年前につまらぬ意地とプライドで失ったものを取り戻したくてずっと時が止まっている。
わたしの足を引っ張るのは、朔でも、椿でもない。まぎれもなくわたし自身。
「お待たせ、櫻子」
財布を仕舞いながらレシートを手のひらで握りつぶしてポケットに入れる朔の仕草に、懐かしくて自然と頬がほころんだ。
レシートを入れっぱなしで服を洗濯機に放り込むものだから、よく叱って、だけどわたしがティッシュを入れたまま洗濯してしまったとき、朔は怒りもせずに洗い直すのを手伝ってくれたっけ。
……つい思い出話をしたくなる気持ちをかき消す。
「椿は?」
「お手洗い」
「ふむ」
わたしの納得に、朔は首を傾げた。
きっと椿がわたし達をふたりきりにするべく時間をくれたのだとは、朔は思い至っていない様子だった。
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