最後のセミが死んだ時

1/2
前へ
/2ページ
次へ
「あっぢぃ~。クーラーつけてぇ」 「ダメ。また電気代上がったんだから」 「母ちゃんみてえなこと言うなよぉ」  彼は下敷きを団扇代わりに扇ぐ。  私は氷をたっぷり入れたレモンティーを、紙ストローでチュウチュウ吸った。  太陽はとっくに沈んだ。夜の帳が下りるのもすっかり早くなった気がする。 「紙ストローって、飲みづらそうだよな」 「でも環境のためって言われちゃ逆らえないでしょ。世の中SDGsよ」 「なにそれ、アイドルグループ?」 「はあ……」  その時、ピロンと軽快な音がして私のスマホ画面が光った。 「なになにぃ?」 「……アヤカ。今夜肝試しに行かないかって。この間断ったのに」 「行きゃあいいじゃん」 「行くわけないでしょ。幽霊なんて出るわけないんだから」 「ほへぇ」  彼は興味なさげに鳴いた。夏休みの宿題を一緒にやろうって言ったのはそっちのくせに。彼は溶けかけのアイスみたいにダランと机に突っ伏すだけだ。  手つかずのレモンティーの氷がカランと鳴る。  本棚に並べられた漫画本の中にお宝を見つけると、彼の瞳に光が宿った。   「あ、最新刊出てんじゃん! あの作者全然続き描かねぇんだもん、待ちくたびれたよ」 「ああ、それ。読んでいいわよ」 「なあなあ、ちなみにどのキャラが好き? やっぱ主人公?」 「さあ、ちゃんと読んでないから」 「読めよ!? マジ泣けるぞ!? んじゃ次までに感想文な、原稿用紙で三十枚分!」 「はいはい」 「約束だかんな!」  彼はニッシッシと子どもっぽく笑った。  実際子どもなんだから当然か。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加