娘を想う養父はキレる

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 学園から宿舎までは歩いて三十分程度の道程である。  普段は校章の付いたサッチェルバッグを背負って筋トレがてら小走りで帰るが、今日はそうも行かなかった。  何処となく重い足取りの大佐の歩幅に合わせて、トコトコと言葉もなくその傍らに続いた。 「こんなことなら、学校など行かせるべきではなかったな…」  そんな呟きに何を今更とも思ったが、彼の横顔を見て口に出すのを止めた。  微かに春の匂いを纏わせた旋風に吹かれ、練香油で撫で付けていた大佐の髪が崩れて揺れる。  溜息混じりにそれを掻き上げ、空を見上げた瞳は仄暗かった。 「ありがとうございました」  不意に彼女の零した言葉に、その瞳に光が戻った。  互いに足を止め、合わさった視線が何だかむず痒くて、カルディナは思わず肩を竦めてはにかんだ。 「私、虐げられることに慣れちゃっていたみたいですね。イジメだと分かっているのに怒りも悲しみも湧かなくて…。今まで嫌なことをされても言うだけ酷くなるので、黙っているか無視が一番だったんです。私も周りも気付かない振りをするしか無かったというか、やり返したり助ける程の力が無くて…」  淡々と告げながら、風に乗って何処からか飛んできた薄桃色の花弁に手を伸ばす。  時期からしてアーモンドの花だろう。  上手いこと掴み取れたそれを眺めつつ、カルディナは困ったように微笑んだ。 「嬉しかったです。その…昨日とかはかなり怖かったけど、今日は凄く頼もしかったというか…やっぱり怖かったですけど……」  そう言いながら、カルディナは昨日の尋問じみた聞き取りを思い出して徐々に俯いた。  以前、士官達の間で“この人に尋問されたくないナンバーワン”と言わしめた理由を理解してしまった。 「ご、ごめん、怖がらせた…」  二度も怖かったと言われ、大佐は弱ったとばかりに慌てふためく。  その姿が何だか可愛らしく思えて、思わずクスッと笑みを零した。  どうにも大佐は怯える自分に弱いと分かってきて、段々とその人柄も掴めて来た。 「大佐、私のために本当にありがとうございました…!」  姿勢を正し、カルディナは淡い桃色の花吹雪の中でペコリと頭を下げる。  素直な言葉を放った彼女に大佐は戸惑ったように微笑み、そしてその刹那、安堵したように溜息を零した。 「折角だし、美味しいものでも食べて帰ろうか…、何か食べたい物はある?」  そんな提案と共にカルディナの頭に乗った柔らかな花弁を払った。  暮れ泥む夕日が当りを照らし、夕餉の相談をする二人の背後に寄り添うような影が伸びる。  アーモンドの花弁が彩る古びた石畳みに落ちるシルエットは、父と娘の姿そのものだった。
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