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飛行訓練
気付けば季節は夏となった。
漸く完成したセルシオンの戦闘用ボディは度重なる改良の末、遂に飛行が可能となり、実用に向けた訓練が始まった。
王都より車を数時間走らせた場所にある大規模飛行訓練場にて清々しい風を切り、大空を翔ける翼は力強く空気を掴む。
改良の途中、予期せず付けて貰える事になったコックピットは安全と銃火器操作の観点からハングライダーの要領でセルシオンの腹に潜り込む形で設置された。気分としてはカンガルーの子供である。
『こちらハインブリッツ。カルディナ、乗り心地はどうだい?』
耳に取り付けたインカムから雑音混じりに大佐の声がする。
どこまでも広がる草原を見下ろすと、こちらを追い掛けるように軍用バギーが陣形を組みながら走っていた。
『こちらシャンティス。前回よりも快適で視界も良好です。窓の面積増やして正解でした。魂授結晶が広がって来る様子もないですし、セルの飛行にも問題ありません』
そんな返答を返しつつ、自分の上半身を包むように取り付けられた分厚い窓を小突く。
初期設計では顔一つ分の覗き穴だけにして残りはアルミ板を張る予定だったが、実験中に魂授結晶がコックピット全体の表層を覆ってしまうアクシデントがあった。
乗り降りにも結晶をその都度、外さなくてはならないという面倒が起きてしまい、視界と乗降し易さの検討を重ね、今の形に落ち着いた次第である。
『しかし、上空ってこんなに寒いんですね!最初の騎乗型は止めて正解でした!』
コックピットの中、カルディナは入ってきた隙間風に思わず身震いした。
凄腕パイロット集団である第一分隊の士官等に散々厚着しろと言われ、適当に冬物ジャケットを羽織ってきたが考えが甘かった。
『こちらエクストレインでーす!だぁから言ったでしょ〜?機械竜はまだ戦闘機ほど密閉してないんだから〜!』
響く素っ頓狂な声に、インカムの向こうからも笑い声が木霊している。
飛行訓練を始めてから、これまで疎遠だった声の主エクストレイン中尉とは頻繁に話すようになった。
エクストレイン中尉はモーヴ中尉やランドル大尉と共に大佐の下で特務機動小隊を束ねる一人で、直属部下十二名と共に度々前線の偵察に行っている為、あまり接点を持てずにいた。
中尉はセルシオンと飛ぶことを心待ちにしていたようで多忙にも関わらず熱心に訓練に付き合ってくれている。
「やっぱりシャンティス少佐は覚えが早いですね!運動神経もかなり良いようですし!」
地上にてバギーを走らせるモーヴ中尉は、セルシオンの軌道を確認しながら背後で微笑む大佐とランドル大尉、エクストレイン中尉に声を掛けた。
「確かに、たった一週間で戦闘機の大凡の操縦も覚えましたしね!」
「少佐は目が良いんだろうよ!」
「ははっ、流石は僕の娘でしょ?ランドル大尉のスパルタも耐え抜くし根性あるよね!」
皆がカルディナを称賛する中、何処か誇らしげに大佐も言ったが、それを聞いた三人は思わず顔を曇らせた。
「あの、多分それ当人聞いたらまた怒られますよ…」
そうモーヴ中尉が囁いた直後だった。
『こちらシャンティスぅ!大佐ぁ!私まだ認めてませんからねぇ⁉』
インカムから聞こえていたのか、そんな怒号が通信を繋いでいた全員の耳を劈いた。
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