1914

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1914年当時の日本の風俗を記録した映像があった。 生徒である俺は一番後ろから、あくびをして、席を傾けつつ、その画面を見る。 映像では飛行場から飛び立つ戦闘機を見据えながら、国民服を着たおじさんがひとりごちる。 「ついに、ついに第一次世界大戦が始まるのか……」 それを耳にした途端、俺はぷっと吹き出し、声をあげて笑った。映像から目を離し、こちらに視線を向ける生徒たち。 「あっははは……『第一次』て……戦争が最初に始まった年に言えるセリフかよ!」 俺の鋭い突っ込みは、周囲の視線をさまよわせる生徒たちに伝播していき、やがて生徒全員が意味を理解し、笑い声をあげた。 これは戦時中の記録っぽく見せかけて、お粗末なミスをやらかしたフェイク映像にちがいない。俺は腹の底から笑い転げた。 映像を提供した教師はうつむいたまま、無言である。 その教師が、突然顔をあげておもむろに言った。 「……馬鹿め、とうとう正体をあらわしたな」 「見つけた!」「見つけた!」「見つけた!」周囲の生徒が唱和する。俺は何がなんだか訳がわからない。 やがて教師がパチンと指を鳴らすと、教室のドアから警備員らしき人たちがやってきて、俺の両側に立った。 「な、なんだよ一体?」戸惑う俺に警備員が眉を吊り上げる。 「貴様、特殊能力のない一般生徒だな? 丸腰で特殊学級に潜入するなんていい根性してるじゃないか」 教室中にみなぎる殺気にたじろぎ、俺はつい本音を漏らす。 「え……お、俺はただ病欠で来れない依頼人の代わりに出席してるだけで……」 「武装警備さーん、コイツきっと闇バイトで雇われただけのそっくりさんだよ。何も事情知らんって」生徒のひとりが言った。 「そうか、なら生かしておく理由もあるまい」警備員は腰の拳銃を抜き、至近距離から俺の眉間を撃ち抜いた。 頭から出た血飛沫が机を真っ赤に染める。血の海に沈む俺。 俺の学生カバンを取り上げ、しげしげと点検する警備員「ちっ、やはりマイクロカメラが縫い付けてあったか。スマホチェッカーに反応しなかった訳だ」 俺の隣の席にいたホクロのある生徒と、角刈りの生徒がつぶやく。 「カネで内情暴露に手を貸そうとする裏切者が最近でてきたって占い、やっぱりマジだったんだな」 「的中率百パーセントの占い特化能力のうちのヒロイン様が言ってたから間違いないんだよ、なっ」 角刈りが呼びかけた相手の女子は、地図を広げ青い水晶でダウジングしていた。 「……駄目。裏切者の現在地を追跡してみたけど、気配消しちゃった。流石ね」 「センセー、とりあえずスパイはわかったし、“普通”ごっこはやめて、元の授業に戻ろうよー」眼鏡の女子生徒が右手をあげる。 「そうだな、では、映像の予習を終えたところで、次は現地での実習だ。実際に1914年にタイムリープするぞ」 「たのしみ~」「この前の石器時代より楽しいといいんだけどな~」ざわつく生徒。 こほん、と先生は小さな咳をひとつ。 「この映像に映りこんでいた国民服のおじさんも、本当は変装した教頭先生なんだ。昨日のうちに下見してもらってた」 「分かってたよ。声聞いた瞬間イッパツで分かった。でもわざと声あげなかったんだ。あ、これあぶり出すための罠だな、ってさ。察しろよ先生」生徒たちがぶーぶー言う。 「すまんすまん」頭の裏をかく教師。 「早く行こうぜ、せんせ」 「わかったわかった」そう言って教師がパチン、と指を鳴らすと、教室全体がもやのように消えてしまった。 生徒も警備員も丸ごと消えた。 あとに残されたのは、だだっ広い野原の真ん中で、血を出して死んでいる俺だけだった。 (完)
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