1人が本棚に入れています
本棚に追加
ふぁっしょんすとりーと?
頭の中を、日常会話で聞いたことのない単語が通り抜けた。
「ファッションの勉強中なの。だから、最新ファッションを見たいのよ。これを返してほしくば、私の言うことを聞きなさい」
女の子は僕の定期ケースを掲げた。
今どきの小学生って、こんな感じなのか?
「えっと、その前に、お父さんとお母さんはどこかな?」
「パパとママ?」
女の子は、小さな人差し指を天井へ向けた。
天井? ……ああ、なるほど。
この駅の上には、大きな観光ホテルがある。恐らく、そこに泊っているのだろう。ということは、この子はかなりのお金持ち……つまりは、お嬢様。そうか、だから僕にこんな態度なわけだ。
「今日は遅いし、他のお願いじゃだめかな?」
もしかして、この子はホテルから抜け出してきた? 今ごろ、親が必死で探しているかもしれない。それに、小さな子どもはもうすぐ寝る時間だろう。弟が小学生の頃なんて、二十一時にはベッドに入っていた。今の時刻は二十時十五分。すぐに帰れば、余裕で間に合う時間だ。
「何言ってるの? 他にお願いなんてない。これ、いらないならゴミ箱に捨てちゃうけど?」
そう言って女の子は、構内のゴミ箱へ目をやる。つられてそちらを見ると、ゴミ箱の上の目立つポスターが目に入った。『不審者警戒中』と、大きな赤文字で書かれている。夏休み前に学校でも言われた。最近、「駅周辺は不審者が多いので気をつけろ」と。
こんな子どもと一緒に歩けば、僕は不審者として通報されないか? それだけは嫌だ。
少し頑張って入った進学校。勉強についていくのに必死で、夏休みにバイトをする余裕もない。課題をこなすので精一杯だからだ。そんな僕に、神様はさらに試練を与えるというのか。
「ねぇ! どうするの?」
しかし、この子が定期ケースを返す気配はない。
……仕方がないか。ここは、兄妹に見られるよう振舞おう。僕には中学生の弟がいる。さすがに女の子の扱いはよくわからないが、弟の小さい頃を思い出せ。
最初のコメントを投稿しよう!