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店内は明るく、可愛らしい小物や、おしゃれなポスターで飾られていた。周りを見ると、見事に女性客しかいない。すれ違いざまに僕を見る視線が、痛い。こちらが動く度、チクチクと視線が刺さるようで、僕は居た堪れなくなっていた。一刻も早く、この場から逃れたい。
「ふぅん。けっこう地味な服が多いのね」
「ちょ、ちょっと衣織」
しかも、衣織の声のボリュームが大きい。店員に聞かれたのではないか? 僕はレジの方を見る。甲高い声の店員は、忙しそうに洋服を畳んでいた。良かった。聞こえていないみたいだ。
「もういいわ。次は、向かいのお店へ行きましょ」
良かった、やっと出られる。そう思ったのも束の間。目の前の店を見て、僕は言葉を失った。
「いや、これは、無理」
「何言ってるの? 行くわよ」
「ほんとに無理だって。行くなら一人で行って」
「何でよ! 案内してくれるって言ったじゃない」
「し、下着の店なんだよ! 女の人の!」
堪らず大声が出てしまった。道を歩く数人が、驚いて僕をちらちらと見た。
なぜ女性の下着屋を知っているのか。単純な理由だ。昔、間違えて入ったことがある。
「そう、なの? じゃあ……ちょっと見てくるから、ここで待ってて」
さすがに衣織もわかってくれたようで、大人しく店へ入って行った。
待ってて、とは言われたが、下着屋の前で男が一人。これは大変怪しくないか? すぐに入口から離れ、隣の薬局との間で待つことにした。
しばらくして、ギャハハ! と大きな笑い声が耳を劈く。声のする方を見ると、酔っ払いの集団だった。それも、父と同じくらいのおじさんたちだ。足元はふらつき、声が大きくてうるさい。行き交う人々は、みんな酔っ払いを避けていた。
このモール近くには商店街がある。昔はそこそこ栄えていたが、今ではほとんど閉店し、お酒を飲む店が増えた。商店街とは名ばかりで、居酒屋街と言った方がいいくらいだ。
「鷲人、お待たせ!」
場違いな幼い声にはっとして、自分の状況を思い出した。衣織は下着屋に満足したのか、目を輝かせて帰って来た。
「おかえり」
「このお店、とっても素敵ね! 細かな刺繍や美しいレース……すごく勉強になったわ」
「そっか、良かったね。じゃあ、そろそろ」
「次はあっちへ行くわよ! お店の中で聞いたの。向こうに、新しいお店ができたんですって!」
衣織は興奮したまま、商店街の方を指差した。
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