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「あー……あっちはだめだよ。あんまり良くない所だから」
「良くない所?」
「そう。ああいう、変なおじさんたちがいっぱいいるんだ」
僕は、目の前の酔っ払いへ視線を向けた。
「大丈夫よ。私、パパから武術を習っているの。それも子どもの頃からね。あんなの、一撃で仕留めるわ」
武術? お嬢様は、幼い頃からそんな教育を受けるのか?
「今も子どもでしょ」
「私は子どもじゃない。パパにバレたらまずいから、この姿をしてるだけ。本当は、もっとちゃんとした大人なんだから」
「そっか。そうなんだね」
可愛らしい設定に、僕の顔は自然と綻んだ。小さな子どもというのは、すぐ自分の設定を作る。弟が小さい頃もそうだった。戦隊ものにハマったとき、「人参に怪獣の呪いがかけられている」と言い、絶対に食べなかった。なかなか上手く考えたな、と感心したが、母はかなり困っていた。
「そういうことだから。さ、行きましょ」
「いや、今日はもう遅いし、そろそろ帰ろう」
「何言ってるの! まだ全然見てないじゃない」
「もうすぐ九時だよ? 寝る時間じゃない?」
「だから子どもじゃないってば!」
困った。完全に駄々をこねている。早く帰さないといけないのに。
「君たち、ここで何をしているのかな?」
すぐ後ろに警備員が立っていた。このモールの警備員だ。
「ここのお店の人から連絡をもらってね。『小さな女の子が一人でうろうろしている』って」
まずい。今からどうなる。僕は不審者として、警察に引き渡される?
「あの、妹が、どうしてもこのお店を見たいと言うので……」
「それなら昼間に来た方がいい。モールって言っても、普通に外から入れる場所だから危ないよ?」
「すみません」
なんとか、兄妹と勘違いしてくれ!
「私は帰らないわよ!」
「え、衣織!?」
突然、衣織が商店街の方向へ走り出した。僕は急いで後を追う。
「ああ! ちょっと!」
警備員の声がしたが、構わず走り続けた。こんなところで、捕まることだけは避けたい。せっかく頑張って入った高校なんだ。警察沙汰なんて、絶対にあってはならない。
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