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八月の終わりに
高校三年生の夏休み。僕は、勉強に明け暮れていた。受験勉強、課題、夏期講習の三重苦。今日は夏期講習の最終日で、夏休みが終わるまではあと四日だった。
そして、プラネタリウムの夜間上映は昨日で終わり。今年は、なんと一度も観れなかった。人生で初めてだ。夜間上映を観ない夏休みなんて。
今日はもう帰って、家でゆっくりしよう。
僕は駅の改札を通るため、リュックの背面ポケットを開けようとしたが――チャックが全開になっていることに気がつく。
嫌な予感がする。恐る恐る中を探ると……ない。定期ケースが、ない。
仕方なく、近くの柱の前へリュックを下ろす。しゃがんで中を確認するが、やはり、ない。
やってしまった。僕は、以前にもこんな失敗をした。そのときは、小さな女の子が拾ってくれたのだが――。
「ねぇ。これ、落としたわよ」
顔を上げると、まん丸の目をした、同い年くらいの女の子が立っていた。
「返してほしかったら、また案内してちょうだい」
僕は立ち上がり、彼女を見た。なんとなく、面影がある。
「衣織……?」
目線は、僕とほとんど同じだ。
「言ったでしょ? 『また、来年付き合って』って」
「何で、急に、大きく」
「だから、パパにバレないよう姿を変えてたんだってば! 本当はちゃんとした大人なの」
「高校生は、大人じゃない、よ」
いくらでも言うことはある気がするのに、上手く言葉が出てこない。
「さ、行くわよ鷲人!」
彼女が、僕の右手を引いて走り出す。僕は、一年前を思い出していた。両親がどこにいるかと聞いたとき、小さな彼女が指差したのは駅の天井。あれは、本当は。
「衣織! 君は、どこから来たの?」
振り返った彼女は、白く細い指を空へと向ける。
見上げると、眩しい太陽と目が合った。八月の最終週でも、毎日のように気温は三十五度を超える。夏の終わりなんて、永遠にこない気がした。
「今年もちゃんと、天の川と近い季節に来たでしょ?」
琴座のベガ、白鳥座のデネブ、鷲座のアルタイル。三つの星を結ぶと、夏の大三角となる。その中を川のように流れる星の群れが、七夕伝説で有名な天の川だ。今年の見頃は、八月の二十二日前後と言われていた。
「ま、夜でもここからは見えないけどね」
そう話す彼女の笑顔は、星のように美しく輝いていた。
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